ネズミに返信できずに1週間経った。毎日毛布を頭から被って過ごすぼくを見て、沙布は眉を寄せた。
「一体どうしたのよ、ついこの間まですごく楽しそうだったのに」
「楽しいことはいつまでも続かないものなんだよ」
 毛布を被ったままそう返すと、沙布は声を荒げてその毛布を剥ぎ取ってきた。
「ばかじゃないの!」
 あまり大きな声を出すことのない沙布がいきなり怒鳴ったので、ぼくは驚いて体を固くした。沙布は掴んだ毛布をベッドの端に投げ捨て、ぼくの目を睨みつけた。
「紫苑、あなた、本当にばかなんじゃないでしょうね。そうよ、楽しいことはいつまでも続かないものよ。だからこそ楽しくあろうとわたしたちは努力するんじゃない」
「で、でも……」
「でも、じゃないわよ! あなた、そんなに弱くてかっこ悪い男だったわけ? なんだかがっかり。その恋の相手とやらはどうしたのよ、どうせそのことで悩んでるんでしょ」
「なんで……」
「何年一緒にいると思ってるのよ。紫苑、あなたのことならなんだって知ってるんだから」
 そうだ。沙布とは幼少の頃からの付き合いで、兄弟のように育ってきた。それこそ、お互いになんでもわかりあえるような。だからこそ沙布は体が弱くて外に出られなくても、奇妙な容姿でも変わらずに、ぼくと付き合い続けてくれるのだろう。
「でも……ネズミは違う」
「え?」
「ネズミは、違うんだ」
 声が震えた。彼を知りたいと思いながら、彼に知られるのが怖い。知られたら幻滅されるのではないかと恐れている。電波上の関係だから、彼はぼくとの付き合いを続けてくれているのだ。もしもぼくが自分をさらけ出したりなんてしたら、そこでこの関係は終わってしまう。それなのに、知りたいと思う。わかりたいと思う。近付きたいと思う。ああ、それはなんて、自分勝手な願いなのだろう。
「ああ、もう! 結局あなたはどうしたいの、紫苑。そうやって丸まってうじうじしているのが、あなたが望むことなの」
「ぼくの、望むこと……」
「あなたはどうしたいの?」
 一体ぼくはどうしたいのだろう。ネズミに対して抱いている感情が恋なのかもしれないと気付いて、ただそれだけでパニックになっていた。ぼくはどうしたいのだろう。
 ネズミとのやり取りは楽しい。今日はなんの本を読んだとか、どんな花が咲いていたとか、そんなどうでもいい内容が、たまらなく楽しいのだ。それを壊したくはなかった。
 だけれどその一方、それ以上を求めている自分がたしかにいた。今までの、必要なことだけを話し、それ以外は触れないというスタンスは嫌いではなかったけれど、それ以上を求めるということはそれを壊すということと同義なわけで。だからこそぼくは怖かった。
「……紫苑。人はね、人を愛することができるけれど、自分がどんなに愛していても、相手から愛されないことがあるの。だけれどわたしたちは愛することをやめられない。どんなに一方通行でも、真っ直ぐにただ想うことしかできなくても」
「沙布……」
 沙布ははあ、と大きく息をつき、そして髪をかき上げた。髪で隠れていた耳が一瞬だけ露わになり、その耳の端にきらりと光るなにかをぼくは捉えた。それは覚えのないものだったが、きっと沙布もぼくの知らないところで知り、感じ、悩み、想っているのだろう。
「だからこそ、自分の気持ちに正直になっていいと、わたしは思うの」
「自分に……正直」
 いいだろうか、正直に想いを伝えても。きみのことが知りたい。きみに近付きたい。どうしようもなく惹かれていることを、伝えてもいいのだろうか。ぼくは白いシーツの上に放り出された無機質な機械を、じっと見つめた。


真っ直ぐにしか、愛せない

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