彼はとても忙しい人で、毎日メールくれるわけではなかったけれど、それ故に短い文章でも届いたときにはとても嬉しかった。ああ、なんて返そう。小さな画面を見つめて、必死に考えるのがとても幸せなのだ。
 ぼくは彼の年齢も、住んでいるところも、職業も、なにも知らない。そして同じくぼくも、彼になにも教えていなかった。年齢も、住んでいるところも、体が弱く入院していることも、なにも。深入りするつもりはなかった。それでいいと、思っていた。
 それなのになぜ、こんなに知りたいと思ってしまうのだろう。ねぇ、きみは今いくつなの。ぼくより上、下? それとも同じなのかな。どこに住んでいるのだろう。なにをしているのだろう。ぼくは欲張りになっていた。

「紫苑、なんだか楽しそうね。なにかいいことでもあったの?」
 2週間ぶりに病室に来た沙布は、開口一番にそう言った。
「そんなに楽しそうかな」
「えぇ、あなたのそんな顔、久しぶりに見たわ。いつも貼りつけたような笑顔だったのに、今は心から笑っているみたい」
「なんだよ、それ。少し傷つくな」
「本当のことよ」
 沙布は、壁に立てかけてあった折りたたみの椅子をベッドの横で組み立てると、そっと腰を下ろした。目線が同じ高さになる。意志の強い目が、ぼくを射抜いた。ぼくは彼女のこの目が、とても好きだ。
「ね、紫苑。なにがあったのか言ってみなさいよ」
「えぇ、そんな……、なにもないってば」
「嘘。さっきからずっと携帯を気にしてるじゃない。まるで、恋人からの連絡を待っているみたい」
「ば、ばか沙布! あの人は恋人なんかじゃない!」
 そう叫んでから、しまった、と思った。
「ほら。やっぱり、なにかあるんじゃない。隠してないで白状なさい」
 沙布には敵いそうもない。

「なんだか楽しそうなのは、その人とのメールのやり取りが楽しかったからなのね」
 ネズミについて余すところなく全てを聞き出した沙布は、なるほど、と頷いた。
「あなた、なかなか学校に馴染めなかったものね」
 沙布のその言葉が全く嫌味でないのは、彼女が、ぼくがそのことを気に病んでいないことを知っているからだろう。たしかに寂しいと思うことはあったが、友達ができないことでひどく落ち込んだりしたことはなかった。沙布は純粋に、ぼくに友人ができたことを喜んでくれているようで、ぼくは破顔した。
「毎日、メールがくるのが待ち遠しくて仕方がないんだ。文面を考えるのも、すごく楽しくて。これまで退屈だった日常が嘘みたいだ」
「よかったじゃない。なんだかまるで、本当に恋しているみたい」
「えっ」
「ちょっと妬けちゃうわ」
 沙布は唇を尖らせてそう言った。恋、という単語にどきりとする。
「恋? 沙布にはそう見える?」
「だって返信待ちの間もどきどきして居ても立ってもいられないだなんて……」
「そ、そんなふうには言ってないだろう!」
「そんなの、恋じゃない」
 そんなふうに考えたこと、なかった。ただ楽しくて、それだけのことだった。知りたいという強い欲求が生まれたのも、つい最近のことだ。恋、だなんて。
「ねぇ、沙布……これって恋、なんだろうか」
「わたしに聞かないでよ。でももしそうなのならおめでたいわね、ようやくお子様な紫苑もおとなになったってことなんだから」
「……沙布っ!」
 顔から火が出そうだ。でも、どこか嬉しくて、胸がどきどきと高鳴っていた。


これが、恋?

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