中原さんに助けてもらって以来、実はとてもいい人だと気付いた私はそれからたまに彼と食事に行ったりしている。
何度が行っているが、今まで一度もお金を払った事がない。
と云うのも中原さんが私の分まで払ってしまうのだ。
あの手この手で何とか私が奢ろうと試みるも、惨敗している。
しかし次こそは私が奢るのだ。
どんな手を使ってでも必ず奢って見せる、と意気込みつつ河原を歩いている時だった。
川の方に目をやると、そこには全身黒ずくめの男性が川を眺めながら立っていた。
何となく見ているとあろう事か何の迷いもなく川の中へと入って行き。
慌ててその後を追った。

「ななな、何してるんですか!?」
「何って入水だけど」
「じゅ、入水って…え、自殺!?」

それが何かとでも云いたげに私を見下ろしてくる高身長の彼。
自殺なんて見逃せる筈がない。
というか何でそんな平然と私自殺しようとしてましたって云えるのか。
莫迦か変わり者か。
どちらにせよ自殺などさせない。
誰が何と云おうと私がさせません。

「折角気持ちよく死ねると思ったのに、如何して君は邪魔をするのか」
「自殺なんてさせません!!」

目をパチパチとさせた彼は途端に笑い出した。
可笑しな事を云うと、他人なのにと。
いろいろ云いながらお腹を抱えて笑っている。
私にしてみればそんなのは関係ない。
他人だとか、だから如何でもいいなんて思わない。

「私が死のうが君には何の関係もないと思うのだけれど、如何してそんなに必死に止めるのか理解できないねえ」
「確かに知らない人ですけど、自殺しようとしている処を目撃しておきながら見て見ぬフリなんて私の良心に反します」
「良心ねえ。全く大層なお人よしだ」

お人よしだろうが何だろうが構わない。
私にとってはそれが正しいと思った選択なのだ。
間違っているとは決して思わない。

「自殺なんてするもんじゃないですよ。折角生きてるんですから、もっと楽しい事をしましょう」
「自殺以上に楽しい事とは、一体何だい?」
「え、それは…うーん…美味しいものを食べる、とか?」

予想していなかった問いに咄嗟に答えたはいいが。
そんなに可笑しい事を云ったのだろうか、彼は盛大に吹き出した。
実に能天気な回答だと明らかに莫迦にされている。
そりゃ莫迦だけど、楽しい事なんて人それぞれ違うのだから私に聞かれても困る。
それに美味しいものを食べるのは私にとっては至福の一時なのだ。
聞いておいて笑うなんて失礼にも程がある。
絶対にこの人とはウマが合わない。

「君はきっと楽しい生き方をしてきたのだろう。そんな発想私にはなかったよ」
「そんな事ないですよ。楽しい生き方なんてしてません」

不幸かと問われれば今までの人生不幸だとは思いたくないが。
それでも楽しい人生ではなかったとは云える。
楽しい人生を送ってきたのなら、今頃こんな処にはいないだろう。
誰からも愛されず見放され置いて行かれた私の人生の何処に楽しさがあると云うのか。
あの日、目の前で母親が首を吊って死んでいるのを見て止められなかった自分が、救えなかった自分が許せなかった。
如何して置いて逝ったのかと嘆くよりも、如何して救えなかったのかと自問自答していた。
それは今でも変わらない。
決して愛されていなかったが、それでも曲がりなりにも母親だ。
やっぱり生きていて欲しかった。

「君の過去は知っているよ。父親は借金取りに追われ自害。そして母親も生活苦の末に自殺。それも君の目の前でね」
「何でそれを…」
「たかがそんな事で嘆くのかい?自分を哀れに思っているのかい?だから自殺しようとする者を止めるのかい?実にくだらない」

たかが、その言葉を聞いた時私の中の何かがぷつりと切れる音がした。
両親に愛されず挙句置いていかれ、そしてポートマフィアに入らざるを得なくなった私の人生が"たかが"と云う言葉で片付けられてしまっていいのか。
何も知らないくせに。
私が今までどんな気持ちで生きてきたのか。
それを知らないくせに他人にそんな事を云われる筋合いはない。
気が付くと私は彼の頬に平手打ちを食らわせていた。

「何も知らない貴方からしたら"たかがそんな事"かもしれない…けど私はそのせいでたくさん悩んで苦しんだ。何も知らない癖にそんな事云わないで!!」

その場から逃げるように走り去った私は泣いた。
泣いて泣いて、心の中の何もかもが流れてしまえばいいと思った。
全部忘れてしまえればいいと思った。

何度逃げたいと思ったか。
何度死にたいと思ったか。
自分は哀れなのだと何度も思った。
だけど憐れんだところで誰も救いの手を差し伸べてはくれなかった。
だから憐れむのをやめて、生きようと思った。
あの時、父親も母親も救えなかった、無力で何もできなかった私が。
今度は死にたい程苦しんでいる誰かを救えたなら、自分自身も救済する事ができるのではないかと考えた。
心の中にあるこのモヤモヤを晴らす事ができるのではないかと思った。
くだらないと、たかがと、そう云われ何だか今までの自分を否定されたかのように感じて。
私は彼が許せなかった。









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