中原さんに抱えられて車に乗り込んだのは覚えている。
そこからの記憶が曖昧でよく覚えていない。
気付いたら何故か知らない部屋のソファーの上に寝ていた。
此処は一体何処なのだろう。
若しかして知らないうちに敵組織に拉致されてしまったのか。
しかしご丁寧に外套が掛けられている。
この外套は確か中原さんが身に着けていたものだ。
ではこの部屋は中原さんの執務室か何かなのだろうか。

辺りを見回すと大きな机といかにも高そうなソファーが置かれていた。
机の上には書類とパソコンが、そして帽子があった。
やはり私の見解は間違いではないようだ。

「気が付いたみてえだな」

扉の開く音がしたと同時に中に入って来たのは思った通り中原さんだった。
外套も帽子も身に着けていない。
寝ていないのか顔には疲れの色が滲み出ている。
手には何枚かの書類が握られており、部屋に入ると机へと腰を掛け書類に目を通し始めた。

「あの、いろいろとご迷惑をお掛けしたみたいで。すみませんでした」
「気にすんな。部下を助けんのも上司の仕事だ」

彼は私の直属の上司でも何でもない。
助ける義理はないのだが、人は見かけによらないようだ。
一見怖そうだが如何やら思いやりのある人だったみたいだ。
彼の話は度々耳にしてはいる。
太宰さんと中原さん―――双黒と呼ばれている二人。
その活躍ぶりは裏社会で右に出るものはいないとまで云われているほどだ。
逆らうものには容赦なく死が待っている。
何処からが本当で何処までが嘘なのか。
正直よく分からないが、とにかくそんな噂が飛び交うくらいだ。
凄いと云う事は確かなのだろう。

「しかし手前はマフィアに向いてねえだろ」
「あはは…よく云われます…でも私には生きていく道がこれしかないので」
「だったらせめてもうちょっと戦えるようになれ。いつも誰かが助けてくれるわけじゃねえぞ」

ごもっともです。
それは私が一番分かっています。
マフィアに向いてないし、戦えないし、何もできないし。
本当こんな奴が何でポートマフィアなんかにって思われるのは仕方ない事だと思う。
私だって他に生きていく道があるのならマフィア以外を選んだ。
だけど身寄りのない私がこの世界で生きていくにはこれしかなかったのだ。
向いている向いていないに関係なく、私には選択肢がこれしかない。
両親と死別し、親戚一同も誰も私と関わりたがらない。
まだ子どもの私が一人で如何やって生きていけばいいと云うのか。

「中原さんは、如何やってそんなに強くなったんですか?」
「負けたくねえ奴がいたんだよ、そいつに負けたくなくて必死に努力した。それだけだ」

書類がくしゃりと音を立て皺が寄ったのが見えた。
余程その人に負けたくなかったのだろう。
必死さが伝わってくる。

私も努力すれば中原さんや織田作さんのように強くなれるだろうか。
一人でも戦えるようになるのだろうか。
莫迦な私でも強くなれる方法があるのだろうか。

何だかクヨクヨ考えているのが莫迦らしくなってきた。
元々私は頭を使って考えるのが苦手だ。
足りない脳みそで考えたって答えが見つかるわけがない。
莫迦は莫迦なりにできる事を見つけて、それをこなすしかないだろう。

「何だか考えるのが面倒になりました。別に向いてなくたっていいんです。向いてなくても私はこうして生き延びているんですから。幸運だけは誰にも負けませんよ」
「何だそりゃ。手前面白い奴だな」
「人間生きていれば何とかなります。楽しい事も嬉しい事も。生きているから感じられるんです」
「その科白、青鯖にも聞かせてやりてえよ」

能天気な奴だ、と付け加えられ褒められているのか貶されているのかよく分からなかった。
青鯖が一体誰を指す言葉なのかは知らないが、ポートマフィアには命を粗末にする人が如何やら多いらしい。
それも仕方のない事なのか。
暴力で成り立っている組織だ、命を大事にと考えている人間の方が少ないだろう。
私だっていざ銃口を突き付けられれば人を殺したくはないと云えどもやっぱり引き金を引くだろう。
命をぞんざいに扱うな、なんて綺麗事でしかない。
そんな事は百も承知だ。
だけど、だからこそ、いつ死ぬかも分からない世界だ。
せめて自らの意思で死を選ばず、少しでも長生きしたいと思う事はいけないだろうか。
あまりいい事のなかった人生だ、これから先、生きてて良かったと思える何かを私は見つけたい、そう思っている。

「生きていればいい事があるものなんですよ、中原さん」









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