※織田作視点



人通りの殆どない狭い路地裏を少し進むと、洒落たバーが現れる。
俺がよく立ち寄る店だ。
別に連絡を取り合ったわけではない。
ただ何となく、そこに行けば太宰に会える気がしていた。
中に入ると案の定、奴はいつものように座って酒を楽しんでいた。
特に意味はない。
太宰に特別会いたかったわけでも何でもないが。
気まぐれに立ち寄りたくなったのだ。

「そう云えば先日偶然自殺をしようとしている奴を見かけた」
「へえ、自殺とは実に甘美な響きだ」
「俺の後輩にちょっと変わった奴がいてな」

太宰にあいつの話をして如何したいわけでもなかった。
ただの好奇心だ。
自殺を止めた、なんて話を聞いたら太宰はどんな顔をするのか興味があった。
自殺が大好きな友人と自殺が大嫌いな後輩。
相反する二人が出会ったら一体どんな化学変化を起こしてくれるのか。
童心に帰ったようにわくわくしている自分がいた。

「放っておいても良かったんだが、そいつは自殺しようとしていた奴を止めたんだ」
「自殺を止めるなんて興ざめする事をしてくれるねえ」
「その時、そいつが"生きていればいいことがある"って云ったんだ」

グラスを持ち水のように酒を呷っていた太宰の手がほんの一瞬だけ止まった。
髪に隠れて表情は見えなかった。
何を思いどんな顔をしているのか。
気にはなったが覗き見るのは何だか気が引けた。
けれど手が止まったくらいだ、何か思うところはあったのだろう。

「ねえ織田作。そのいいことってのは一体何だろうね」
「さあな。俺にも分からん。でも、もしかしたら―――」

"お前を満たしてくれるかもしれない"
そう云おうかと思ったが何となくやめた。
それは俺が勝手に思っている事であって事実ではない。
それに太宰自身が満たされる事を望んでいるか如何かも俺には分からない。
俺は太宰本人ではないからだ。
けれど、なまえに会えば少しは何か変わるのではないかと期待している自分もいる。

なまえは莫迦で能天気だ。
俺に云う資格はないかもしれないがとてもマフィアに向いているとは思えない。
異能力者ではあるが戦闘には不向きで、おまけに戦う術も持っていない。
何でポートマフィアにいるのか聞いてみようかと思ったが、そこまで深く踏み込んでいいのか分からず結局聞けず仕舞いだ。
しかしそんなあいつだから俺は可愛いと思うし助けてやりたいとも思う。
俺と同じく人を殺す事を拒んでいる数少ない人間だ。
それになまえといると自分がマフィアだと云う事を忘れてしまう。
全く不思議な奴だ。

「私の自殺も止めてくれるのだろうか」
「如何だろうな。お前の事を少し話したら自殺マニアに何を云っても無駄だって云ってたからな」
「何を云っても無駄、か」

指でグラスを弾くと綺麗な音色が店内に響いた。
楽しそうに笑う太宰。
今こいつは何を考えているのか。
まあ何でもいい。
太宰が何も云わないのならそれ以上聞く必要もないだろう。

「で、織田作。その子の名前は?」
「ああ、そいつの名は―――」

名を口にした瞬間、太宰はいつか会ってみたいと云うのを確かに俺は聞いた。
なまえに会った太宰が如何変わるのか少し楽しみに思いつつ持っていた酒を飲み干した。









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