私が記憶を失ってから一週間が経過した。
未だに記憶が戻る兆しはなく、異能力者の居場所も分かっていない。
まだ時々中原さんの事が怖いが、優しい人だと分かったので初めの頃よりは慣れたと思う。
それでもたまに彼は悲しいような寂しいような顔をする時がある。
きっと記憶を失う前の私を思い出してそう云う顔をしているのだろう。
今の私は中原さんの知っているみょうじなまえではないのだ。
例え姿かたちは同じでも。
だから今の私にはそんな彼にかける言葉がない。
云ってしまえば私は偽物なのだ。
彼との思い出が何もかもなくなってしまった。
私は今まで彼の事を如何思い、そして彼は私の事を如何思っていたのか。
全て消えてしまった私には知る術がなかった。

普段通りと云ってよいのか分からないが、記憶をなくしても尚私は中原さんの部下として執務室で今日も仕事をしている。
あまり彼との会話はない。
恐らく気を遣ってくれているのだろう。
シンと静まり返った部屋でタイプ音だけが響いている。
息が詰まりそうな雰囲気が壊れたのはそれからすぐの事だった。
中原さんの部下の一人が部屋へやって来て、例の異能力者の居場所が分かったと告げたのだ。
その言葉を聞いた彼は顔色が変わった。
私の腕を乱暴に引いて急いで現場へと向かったのだった。

今は使われていない古びたビルの中は薄暗く気味が悪い。
情報によればここに記憶をなくす原因となった異能力者が潜伏しているらしい。
外はまだ明るいのに光が届かないせいでまるでお化け屋敷のようだ。
そんな雰囲気に臆している私の手をギュッと握ってくれる中原さん。
まるで大丈夫だと云ってくれているかのようで少し安心する。
奥へと進んで行くと人の気配を感じた。
彼も感じたらしく足を止め身を潜める。
扉の壊れた部屋の中を覗くと黒い外套を着た男が一人立っていた。
如何やら誰かと電話をしているらしい。
私達には気づいていないようだ。
通話を終了したと同時に一気に部屋の中へと入った。

「手前が記憶を操作するっつー異能力者か」
「おやおや、ここに来るのが随分早かったね」
「さっさとこいつの記憶を戻しやがれ」

距離を縮めた中原さんは異能力者の首を手で締め上げそのまま持ち上げた。
苦しそうに顔を歪めつつ口角を上げた異能力者は、自分が死ねば記憶は戻らないと云った。
そう云われては攻撃のしようがないと舌打ちをした中原さんは渋々下へと下す。
下したはいいが笑っているばかりで一向に戻し方を話さない。
痺れを切らした彼は異能力者の顔面に蹴りを入れ、そのまま後ろへと体が吹っ飛ぶ異能力者。
顔面を蹴られたせいで血を流し、顔を押さえている。
けれどそれでも吐こうとはしない。
地面に付けている手のひらを踏みつけると痛みに声が漏れ出た。
激痛に体が震えている異能力者は顔を上げ漸く口を開いた。

「俺はお前を知っている。お前は覚えていないだろうがな。以前にお前達ポートマフィアが潰した組織に属していたんだ」
「その腹いせにンな事をしやがったのか?」
「ああそうだ。お前の一番大事にしている者を奪ってやろうと思ったんだ。どうだ?大切な奴から忘れられる辛さは」

愉快だと云わんばかりに笑い出す異能力者。
鶏冠に来た中原さんは奴の腕の骨を折った。
腕を庇いながら床に転がる異能力者は叫んでいるが、容赦なく更に攻撃を加える。
彼の顔に一切の笑みはない。
真顔で暴力を振るう中原さんが怖く感じてしまった。
まるで別人を見ているかのようだ。
そんなにも彼は私を思ってくれているのだろうか。
そんなに必死になってくれる程に。
思い出したい。
彼と過ごした全ての日々を。
彼への思いを。
何もかもを。
気が付くと痛みに叫ぶ異能力者の前までやって来ていた。

「如何すれば私の記憶は戻るんですか」
「教えると…思うか…?」
「教えてくれないのなら拷問してでも吐かせます。知ってると思いますがポートマフィアの拷問は死ぬよりも恐ろしいですよ」

奴は恐ろしそうな顔で私を見上げる。
人を脅す事に慣れていない私は体が震えていた。
そんな私の肩を抱いてくれたのはやはり中原さんで。
選べ、と低い声で云うと観念した異能力者は記憶の戻し方を吐いた。
何でも奴の作ったお菓子を口にすると発動してしまうらしく、戻すには奴の作った薬を飲めばいいそうだ。
ポケットから取り出した小さな小瓶に入っている水色の液体。
毒ではないかと何度も念を押し聞いてみると如何やらきちんとした薬らしい。
念の押し方が残酷だったので嘘ではないだろう。
その怪しげな液体を飲み干した私はフッと意識を失った。
そして次に目を開けた時には全てを思い出していた。
当然記憶を失っている時の事も覚えているので、中也さんの事を思い出したいと強く願った事も残っている。
そして彼に告白された事も思い出した。
絶対とは云い切れないが、若しかしたら私は中也さんに気持ちが傾いているのだろうか。
彼を忘れていた間、辛そうな姿を見て何もできない自分に腹が立った。
中也さんの為に思い出したいと願った。
だから彼の為に脅してまで吐かせようとした。
ひょっとすると少しずつ中也さんに惹かれているのかも知れない。
今までずっと支えてくれて、記憶が戻らないかも知れないと云う状況でも傍にいてくれた。
そんな彼を、私は、好きなのかも知れないと思ってしまった。









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