※中原視点



ぶっ倒れて医務室にあいつが運ばれたと知らせを受けた時はまたかと思った。
正直特に深刻に考えていなかった。
けどなまえが目を覚まして俺を見た時にまるで初対面かのような顔をされ、そう云われた時は動揺が隠せなかった。
医者に記憶喪失だと云われ悪い冗談かと思ったが、違った。
本気でなまえは何もかも忘れていた、しかも俺の事だけ。
このやるせない気持ちを一体何処にぶつければいいのか。

記憶を失ってからのこいつの態度はよそよそしかった。
何をするにもいちいち俺の顔色を窺う。
触れようとすると驚いて逃げてしまう程だ。
本当に俺の事は全て忘れている。
四年前の事も、そして今の事も全て。
あの時の告白も全て、何もかもなかった事にされてしまった。
好きな奴に忘れられると云うのがこんなにも辛いと初めて知った。
触れられない事が苦しいと初めて思った。
たかが女一人の事だと思われるだろうが、他の奴にとっては如何でもいい女かも知れない。
けど俺にとってはかけがえのないたった一人の女だ。

なまえが菓子を貰ったと云う構成員を問い詰めると、泣きながらそいつは白状した。
偶然知り合った異能力者に愛する人を奪いたいと思わないかと声を掛けられたと云う。
その構成員は話に乗ってしまったらしく、異能力者に手渡された菓子をそのままなまえに渡しそして食べたあいつは異能力に掛かってしまった。
もう少し人を疑えと云いたくなるが、能天気ななまえには無理な話だろう。
なまえを嵌めたこの構成員を今すぐでも殺してやりたいが、優先すべきはそこではない。
記憶を取り戻す為には異能力者本人を探し出すしか方法はない。
今俺が優先すべきなのはそいつを見つける事だ。

あの構成員から聞いた場所に向かってみたがやはり誰もいなかった。
現時点では異能力しか情報がない。
その異能力の情報ですら曖昧でただ記憶を失う、と云うものしか分かっていない。
こんな時に青鯖の異能力があれば、と思ってしまったがすぐにその考えを振り切った。
あんな糞野郎になんか頼りたくないし、思い出したのすら腹が立つ。
俺は俺自身の力で大事な奴を救ってみせる。

帰宅したマンションの一室。
いい匂いが鼻を掠めた。
なまえが夕食を作っているらしい。
エプロン姿を見るといつも通りの日常に戻ったのかと錯覚してしまう。
けれど俺の顔を見たなまえはいつも通りではなかった。
若しこのまま記憶が戻らなかったら。
何としても記憶を取り戻すが、例え戻らなくてもまた一から思い出を作っていけばいい。
記憶がなくてもなまえはなまえだ。
何も変わらない。

「一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「噂で聞いたんですけど、私と貴方はその…恋人同士だったんですか?」

一瞬つい固まってしまった。
肯定してしまってもいいだろうか。
そうすれば俺は本当の恋人になれるのだろうか。
でもそれでいいのか。
そんな事実は何処にもないのに。
嘘を吐いてまで恋人同士になったとして果たして幸せなのか。
肯定してしまいたい気持ちを俺はグッと抑え込んだ。

「所詮噂だ。俺と手前は恋人でも何でもねえ」
「そうなんですね。だとしたら中原さんはただの部下にここまでしてくれるなんて本当に優しいんですね」

ただの部下にここまでするかよと思ったが口にはしなかった。
何でなまえだったんだろう。
何で俺だったんだろう。
他でもない俺達が如何して。
そんな異能力にやられなければ、なまえが狙われなければ。
こんな辛い思いをせずに済んだのに。
何で俺が傍にいてやらなかったのか。
何で守ってやらなかったのか。
今更後悔しても遅いが、考えずにはいられない。
中原さんと他人行儀に呼ぶ声が辛い。
好きなのに触れられないのが悲しい。
目の前にいるのは確かになまえなのに何処か他人に見える自分が厭だ。

「早く元に戻れよ…」

握り締めた拳の痛みか、はたまた心の痛みか。
どちらの痛みに耐えているのか、俺の顔は歪んでいた。









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