午前七時半、私の端末のアラームが部屋中に響き渡った。
寝ぼけまなこで端末を止め起き上がろうとするが、隣で寝ている赤毛のその人が私の動きを遮っている。
引き離そうと動かしてみるもびくともしない。
中也さんは八時まで基本的には起きない。
かと云って私も八時まで共にベッドの上にいるのかと云えばそう云うわけにはいかないのである。
同棲させてもらっている代わりに私が家事をしているので、朝食を作らなければならない。
頬を抓ってみても軽く叩いてみても起きる気配がない。
起きる事を諦めた私は再度ベッドに横たわり彼の端正な顔を眺める事にした。
起きている時は目つきが悪いので近寄りがたい雰囲気があるが、寝ている時は少し幼く見える。
毎度彼の顔を見る度に綺麗な顔立ちをしているとは思っているけれど、こうして眠っている顔をじっくり見てみると改めて中也さんがとても美青年なのだと思う。
もう一人の美青年だった太宰さんがいなくなった今、ポートマフィア内の人気は中也さんに集中している。
おまけに部下思いのいい人だと云う話が広まり彼の部下になりたいと云う女性は後を絶たない。
そんな中中也さんの唯一の女性部下である私はそれはそれは妬みが凄いわけで。
中学生の虐めかと云いたくなるような幼稚な厭がらせもそれなりにある。
まあそんな些細な厭がらせは前の上司の時にも少なからずあったのだが、今は中也さんと恋人同士だと云う根も葉もない噂が流れてしまったせいで余計に酷くなってしまったわけだ。
けれどそんな事をいちいち気にしていてはポートマフィア内で生き残ってはいけない。
命の危険を感じなければいいや、と軽い気持ちで流している。

その端整な顔に掛かった赤毛を掃っていた手を掴まれたのは考え事を丁度止めた時だった。
掴まれた手に彼の指が絡まり所謂恋人つなぎと云うものをされ、腰に手が回ったかと思うとグッと引き寄せられ何も云わずに軽くキスをされた。
唇が離れ少し赤面している私に向かって中也さんはおはようと笑った。
挨拶を返したすぐ後に天井を向かされそのまま彼が覆いかぶさる。
何度も何度も触れるだけのキスを繰り返し、そして徐々にキスが深くなっていく。
舌が絡み合い荒くなる息遣い。
そのキスから逃れようと顔を背けるが中也さんがそれを許さない。

「はあはあ…いい加減にしてくださいよ…」
「んな顔されると止めらんねえな」

止めないと遅刻すると少々怒ってみると中也さんは漸く行為を止めた。
彼のせいで朝食どころではなくなってしまったので、仕方なく朝食抜きで仕事に行く羽目になってしまった。
クウクウと腹の虫が泣き叫んでいるのがとても辛い。
空腹に目を回しつつ資料室で整理をしている。
私の他に誰もいないのが幸いだ。
さっきからお腹が鳴りっぱなしで若し誰かいたなら恥ずかしくて此処にはいられないだろう。
そんな時に事件と云うものは起こってしまうのである。
腹が減ったとため息をついていた私に親切な女性構成員がお菓子をくれたのだ。
今にも死にそうな私は有難く頂戴し何の疑いもなく口へと放り込み、多少変な味がすると思いつつも気に留めず全て平らげてしまい。
そしてぶっ倒れた。

眠っている間に色々な夢を見ていた。
死んだ両親や織田作さん、そして太宰さんの夢だ。
此処は死後の世界なのかと思ったが如何やら違ったようで。
目を開けた私の瞳には知らない人が映り込んだ。
赤毛に目つきの悪い男の人だ。
目を開けるなりため息をつかれてしまい何が何だか分からない。
医務室が好きな奴だなんて云われたが何を云っているのか私には理解できなかった。
そもそも目の前にいるこの男は一体誰なのだろうか。

「手前はぶっ倒れてばっかじゃねえか」
「…あの、どちら様ですか?」
「は?」

寝ぼけた事云ってんじゃねえぞと呆れた様子だが、本当に誰なのか私は知らない。
初めて見る顔だ。
私の知り合いにこんな目つきが凄い人がいただろうか。
考えてみるが思い出せない。
けれど彼の様子を見ていると、私とこの人は親しいようだが全く何も思い出せない。

やがて医務室にやって来た先生によると、如何やら私は記憶喪失らしい。
しかも奇妙な事に目の前にいる赤毛の男の人の事だけを綺麗さっぱり忘れていると云う。
あまりに不自然過ぎるのでそう云う異能力にやられたと先生は推測している。
思い当たる事と云えば倒れる前に食べたお菓子だろうか。
まあ確かに少し変な味はしたが、それ以外は至って普通のお菓子だったと思う。

お菓子の話をした私は滅茶苦茶怒られた。
小学生の餓鬼でも食べないとこっぴどく叱られてしまったのである。
しかし食べてしまったものは仕方がない。
それにまだそのお菓子が悪いと決まったわけでもない。
こうして彼と私の記憶喪失生活が始まってしまったのだ。









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