扉を何度も叩く音が耳に入った時、私の目は開かれた。
いつの間にベッドで眠ってしまったのだろう。
寝ぼけているせいかよく思い出せない。
叩いている扉を開けるとそこにはポートマフィアの構成員の一人が立っていた。
そこで漸く全て思い出した。
私は太宰さんにあの時気絶させられてしまった事を。
あれからどれ程時間が経ったのか。
私は一体どれくらい気を失っていたのか。
織田作さんは、太宰さんは。
目の前に立っている構成員の一人に聞いてみるが、何だか歯切れが悪い。
とにかく見て欲しいものがあるとそう云った彼は私を本部のエントランスまで連れて行った。

そこには数ぞえきれない程の死体袋が置かれている。
ミミックとの抗争で犠牲になった構成員のものだ。
こちらへと云われついて行くと彼は云った。
如何か落ち着いて見て欲しいと。
一つの死体袋を開けた時私は言葉を失った。
その場に座り込み手が、全身が震えている。
そこには変わり果てた織田作さんがまるで眠るように横たわっていた。

何でこんな事に、如何して、何で、何で、と。
思考回路が壊れてしまったかのように考えが纏まらない。
若しかしたらただ眠っているだけなのかも知れない。
驚かせようと思って死んだふりをしているのかも知れない。
けれど触れた彼の頬は氷のように冷たかった。
あの優しかった温もりはもう何処にもなかった。

不思議と涙は出ない。
目の前で一体何が起こっているのか分からず、映画でも見ているかのようだった。
そうかこれは夢なのかと世迷言ばかりが頭に浮かぶ。
織田作さんが死ぬなんてそんな筈はない。
だって彼は凄く強いんだ。
私なんかよりも遥かに。
そんな織田作さんが死んでしまうなんてきっと何かの間違いだ。
目の前の死体だって作り物に決まってる。
そんなの、私は、信じない。

構成員である彼は動揺する私の後ろで静かに云った。
ミミックの長であるジイドと云う男と戦い、その末に相打ちとなってしまったと。
ジイドと織田作さんの異能力は似ており、織田作さんでなければ倒せる相手ではなかったと。
だから織田作さんは名誉ある死を遂げたのだと。

名誉ある死とは一体何を云っているのか。
死んでしまったら名誉も何もない。
それでお終いなのに。
生きていなければ何の意味もない。
如何して一人で行かせたのか。
如何して誰も助けに行かなかったのか。
ミミックはポートマフィアの全勢力をもって迎撃する筈ではなかったのか。
だったら何で織田作さんは今こうして眠っているのか。
何も理解できない、何も分かりたくない。
織田作さんが死んだなんて、そんな筈はない。

死体を運ぶと云われ無理矢理部屋に戻された私はまるで抜け殻のようだった。
心にぽっかり大きな穴でも開いてしまったかのように虚しい。
自分の体が自分のものではないかのようだ。
何度呼びかけても彼が目を開け私の名を呼んでくれる事はなかった。
彼は死んでしまった。
私は何もできずに、彼は死んでしまったのだ。
また守れなかった。
父親も母親も助ける事ができなかった私は、今度こそ大切なものを守りたいと思っていたのに。
結局何も守れなかった。
本当に私なんて生きている価値がない人間だ。
存在価値なんて何処にもない。
織田作さんのいない世界でなんか、生きている意味がない。

フラフラと立ち上がった私は化粧室へと向かった。
机に置かれていたナイフを握り締め覚束ない足取りで。
蛇口を捻ると勢いよく水が流れ出した。
やっぱりあの時死ねばよかった。
母親と共に。
こんな役立たずが生きていてはいけなかったんだ。
もうこれで終わりにしよう。
全部、何もかも。
若し向こうで織田作さんに会えたなら何と云われるだろう。
笑って仕方のない奴だと云ってくれるだろうか。
いや、自ら命を絶つなと私が云っていたのに、その私自身が自殺するなんて怒られてしまうかも知れない。
その時は存分に怒られます。
だから待っていてください、織田作さん。

手首にナイフを当てると力一杯切りつけた。
途端血が噴き出す。
こんな処で自殺だなんて一番最初に見つけた人には申し訳ないけれど。
もう生きていける自信がなくなってしまったのだ。
ごめんなさい、中也さん。
さようなら。

二度目に目覚めた時もベッドの上だった。
切った筈の手首には包帯が巻かれている。
先程と違う点と云えば、目覚めた時に一人ではなく誰かいると云うところだ。
赤い髪が目に飛び込んでくる。
この人は。

「中也…さん…」
「なまえ!?手前生きて!?」
「私…如何して…」
「馬鹿野郎!!手前を探しに行って見つけた時俺がどんな気持ちだったか分かるか。血塗れの手前を見て生きた心地がしなかった」

そうか自殺しようとして、私は失敗したのか。
太宰さんの事を笑える立場ではなくなってしまった。
私も死にきれない人間のようだ。
神様は私に生きろと云っているのだろうか。
あの人のいないこの世界で。
何一つ守れない役立たずのこの私が。
如何して、死なせてくれなかったの。

「私はもう…生きる意味が分からなくなりました」
「何を云ってんだ手前は」
「織田作さんが死んで、私はまた大切な人を守れなかった。そんな私に生きる価値なんてない。だからもう死なせてください…」

救えなかった私の罪はとんでもなく重いだろう。
その罪を償うにはもう死ぬしか他にない。
辛く苦しい世界で生きて行かなければならないのなら死んでしまった方がマシだ。
やっぱりこの世界に生きていてよかったと思える事なんて何もなかった。

起き上がった私はもう一度死にたいと口にした。
その時両肩を力強く掴まれ痛みが走った。
中也さんが物凄い形相でこちらを見ている。
掴んでいる手の力は徐々に強くなり、痛みも大きくなる一方だった。

「死なせるかよ。手前は絶対に死なせねえ」
「何の為に生きればいいんですか。織田作さんのいない世界で、何の為に…」
「だったら俺の為に生きろよ!!」

掴んでいた手を離した彼は今度は強く私を引き寄せた。
痛いくらいに抱き締める中也さん。
今は彼の温かさまでが辛く感じる。

私にそんな価値はないのに。
如何してここまで中也さんは必死になって止めるのか。
この先生きていても何の役にも立たないのに。
ここで死んでしまっても誰にも何も思われない命だ。
そこまでして私を止める価値が何処に。

「止める価値なんてないですよ…私なんて…なのに如何して…」
「手前にはなくても俺にはあるんだよ。俺はなまえが好きなんだ。ずっと好きだった。だから好きな奴が死にてえとかほざいてんのを見て止めねえわけがねえだろ」

そう云われた私は驚いて彼の顔を見た。
中也さんは真剣な目をしていた。
何の役にも立たない私を好きだと思ってくれる人がいる。
こうして生きろと云ってくれる人がいる。
死にたいと願っていてもそれでも生きろと云ってくれる人が。

「中也さん…私…私…生きてていいんですか…誰も救えなかった私がこの先も生きてていいんですか…」
「生きろよこの先もずっと。手前が生きるのが辛いって云うなら俺が隣で支えてやる。だからもう死にたいなんて云うな。それに生きていればいい事があるって云ったのは手前だろうがよ」

初めて涙が出た。
死体を前にしても、死のうと思っても、刃を向けても。
一切流れなかったのに。
今初めて涙腺が崩壊したように溢れ出して止まらない。
織田作さんが死んでしまったと云う事実はどれ程悔やんでも消える事はない。
だったら彼の分まで生きようと思った。
そう思わせてくれたのは他でもない中也さんだ。
だから私は中也さん為にも死なないと決めた。
好きだとか、まだそう云う感情はよく分からない。
だけど好きだと云ってくれたその気持ちはきちんと受け取ろうと思う。

「中也さん、太宰さんは…」
「あの野郎は何処かに消えちまったんだとよ。ったくあの野郎」
「太宰さんはきっと生きてますね。あの人が死ぬとは思えません」
「けっ、悪運だけは強いからなあいつは」

太宰さんにあの時確かに愛していると云われた。
如何云う意図で云ったのか今となっては分からないが。
それでも真剣な眼差しだった。
太宰さんは絶対に生きている。
だったら再会した時に確かめればいい。
生きていればきっといつかまた会える。
私はそう信じている。

太宰さんに中也さん。
この二人の気持ちにいつか答えなければいけないとしたら。
私は一体どちらを選ぶのだろうか。




〜黒の時代編 完〜








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