織田作さんから人探しを手伝って欲しいと云う電話が来たのは私が呑気にパンケーキを頬張っている時だった。
慌てて胃袋へ流し込んだ少しお高いパンケーキに喉を詰まらせつつ合流すると、探して欲しい人物の名を聞いた時少し驚いた。
その名は何度か織田作さんから聞いた事のある名前だった。
捜し人は坂口安吾。
ふらりとまるで煙のように消えてしまったらしい。
詳しくは知らないが組織の重要人物だと云う事だけは知っている。
人探しなんて探偵みたいだと能天気な事を云うと苦笑されてしまった。

織田作さんとまずやって来たのは坂口さんが生活していたと云うホテルの一室だった。
大きな窓のある部屋に置かれているのはソファーと椅子と机だけと云うかなり寂しい部屋で。
何故か部屋の真ん中に椅子が置かれている。
手がかりらしきものはなさそうだと辺りを見回していると、織田作さんは不自然に置かれた中央の椅子に腰かけた。

「坂口さんてどんな方だったんですか?」
「インテリでミステリアスな男だったよ。そして…誰も彼の正体を知らない」

目を閉じ天井を向いた彼は閉じた目を開いた時、何かに気づいたかのように徐に立ち上がり椅子へ上った。
天井を触ると丁度椅子の置かれている真上の天井板が外れ。
中から現れたのは銀色の箱だった。
宝箱みたいだと一人わくわくしていた私は織田作さんに抱えられた瞬間、窓の方から銃撃を受け間一髪のところで躱した。
心臓がバクバクと云っているのが分かる。
何が起きたのかと考えている間もなく手を引かれた私は織田作さんと共にホテルから立ち去った。
狙撃手を追うように走りながら彼は誰かに電話をしている。
その電話越しに太宰と云うのをはっきりと聞いたので恐らく太宰さんに電話をしているのだろう。
やがて電話を終えると走る速度を緩めずそのまま裏路地へと入って行く。
そこに待っていたのは短刀を持ちマントを被った男だった。
不意打ちで攻撃を仕掛けてくるが織田作さんはそれすらも躱した。
何だ何だと更に状況が変わった事に頭がついてきていない私は後方で慌てふためいていたが、太宰さんの屈めと云う声に織田作さんは私を庇うように地面へとしゃがみ込む。
途端閃光弾がさく裂したかと思うとマントの男目がけて一斉に銃弾が飛ぶ。

「君は全く困った男だなあ織田作。君がその気になればこいつらなんか一呼吸の間に殺せるだろ」

びっくり仰天している私を引き上げたのは太宰さんだった。
よしよしと頭を撫でつつ優しく抱きしめてくれる。
この短時間の間に一体何が起きたと云うのか。
ただ私は人探しをしていただけなのだ。
なのに何故こんなにも相次いで攻撃を受けなければならないのか。
若しかして私はとんでもない案件に関わってしまったのだろうか。

足元に転がる男の死体が目に入り反射的に目を逸らしてしまった。
死体なんて見慣れている。
けれど何度見ても心穏やかなものではない。
正直云って見たくなどない。
こんなにも人はあっさり死んでしまうのかと何だか悲しくなってしまう。
ついさっきまで私達の目の前に立っていたのに。
ほんの僅かな間に地面に横たわっている哀れな骸と化している。
私自身もいつこうなってしまうか分からない。
そう思うと恐怖に体が震えてしまう。
太宰さんと織田作さんの会話が漸く耳に入って来た頃、織田作さんは先刻撃ち殺した死体を見下ろしていた。

「それよりこの襲撃だ。一体何者なんだ」
「そいつの腰を見て見るといい。旧式拳銃を下げているだろう。そいつはグラオガイストと云うらしい。古い欧州の拳銃で連射性と精度がお粗末だからこの狭い路地では威嚇くらいしか使い道はない。恐らくその拳銃は彼らにとってエンブレムのようなものなのだろう。自分達が何者か示すための」
「何者なんだ」

織田作さんがそう尋ねるとミミックと太宰さんは云った。
詳しい事は調査中でまだ何も分からないらしい。
坂口さんの部屋を訪れた時に如何して私達を狙ったのか。
先程部屋にあった銀色の箱を開けてみると中から出てきたのは―――グラオガイストだった。
太宰さんは先ほど云っていた、これは彼らにとってエンブレムのようなものだと。
それが坂口さんの部屋にあると云うのは一体何を意味しているのだろうか。
裏切ったのかと考えるのは安直過ぎると太宰さんは云う。
若しかすると坂口さんが奪った物かも知れないし奴らが誰かを陥れる為の偽装証拠かも知れないと。

昨晩の酒場の話をし始めた二人の周りには不穏な空気が漂っている。
息が詰まりそうだ。
するとガチャリと銃を構える音が辺りに響き渡る。
一斉にそちらを向くと殺したと思っていた男がこちらに銃口を向けていた。
その場にいる全員が身構える、ただ一人を除いて。
何を思ったのか銃口を向ける男に向かって歩き出したのは太宰さんだった。
止める声も聞かず気が触れたかと思うような戯言を男に向かって吐いている。
撃たせるように仕向けているかのような挑発。
私まで気が触れたのかも知れない。
銃口を向ける男と太宰さんの間に割って入ったのは紛れもない私自身だった。
自分でも何をしているのかと驚く程莫迦な行動に出たと思っている。
けれど体が勝手に動いてしまったのだ。
太宰さんが本気で撃ち殺される事を望んでいるように見えて。
私はそれを止めなければいけないと、咄嗟の行動に出てしまったのだ。
私の額にあと数センチで届きそうな距離に銃口がある。
冷や汗が流れ落ちた刹那、背後から銃声が聞こえたかと思うと一発の弾丸が男の肩を撃ち抜いた。
そして背後から続けて乱射される銃弾。
目の前でハチの巣にされた男は血塗れで地面へと倒れ込んだ。
体が今までにないくらい震えているのが分かる。
本気で死んでしまうかも知れないと思った。
気が付けば体の震えと共に涙も零れ落ちていた。

「なまえは如何してこんな莫迦な事を」
「莫迦なのは太宰さんですよ!!何でそうやってすぐに自分の命を軽視するんですか。もっと命は大切にしてください」
「なまえの云う通りだが、お前もだ。いくら太宰を助けようとしたとは云え敵前に出ていくなんて自殺行為だ」

お仕置きだと額に一発デコピンを食らってしまった私は赤くなったそこを押さえた。
すまなかったねと謝罪の言葉を述べた太宰さんを私はまだ許してはいない。
いつの間のか地面へと座り込んでいた私に手を差し伸べてくれたが、情けない事に腰が抜けているらしく立ち上がる事ができない。
臆病な癖にと嫌味を云われつつ太宰さんは私を横抱きする。
彼の胸へを耳を当てると確かに心臓の動く音が聞こえた。
よかった、彼はちゃんと生きている。









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