※中原視点



辛く苦しい夢を見た。
遠いあの日の夢だ。
思い出す度に心が痛くなる過去の夢。
もう二度と思い出したくない過去だ。
手に残る血の感触も匂いもはっきりと厭なくらい覚えている。
こんな異能力がなければと何度思っただろうか。
若し俺がこんな異能力を持っていなければ今でも…

意識が覚醒した俺の手には血の感触ではなく温かく柔らかい感触があった。
ベッドの脇からは小さく可愛らしい寝息が聞こえる。
そこにいたのはなまえだった。
如何やら眠っているらしい。
小さな背中が呼吸に合わせて上下している。
若しかしてずっと傍にいて手を握っていてくれたのだろうか。
なまえの顔にかかる髪を払いのけた瞬間、その目がゆっくりと開かれた。

「んん…あ、中也さん目覚めたんですね。よかった…」

俺を見るなり花が咲いたように笑うなまえ。
こいつはあの姿を見て俺が怖くなっただろうか。
無差別に何もかも奪い去ってしまう俺が怖いと思っているだろうか。
いずれこいつも俺から離れてしまうのだろうか。
厭な方向へと思考が傾いてしまう。
いくら能天気だからと云ってもあんな姿を見れば誰だって怖いと思うに決まってる。
それでも離れないで欲しいと思うのは俺の我儘だろうか。

「あの中也さん…私…」
「何も云うな。分かってる。俺の事怖くなったんだろ」
「違うんです。私、何もできなくて…ごめんなさい」

悲しそうに頭を下げるこいつに面食らってしまう。
まさか謝られるなんて思っていなかった。
なまえに落ち度なんて一つもない。
無理矢理あの場に連れて来られたこいつは被害者だ。
なのに何に対して謝っているのか。

「中也さんが戦っているのに私は何の役にも立てなくて…ただ見ているしかできませんでした…本当役立たずですよね私って。そんな私に存在意義なんて…」
「はあ…手前が役立たずってのは分かり切った事だろうが。今更何云ってやがんだ。それでも俺は手前がいてくれてよかったと思ってる」

いつも能天気に笑っている癖に今日はとても悲しそうな顔をしている。
こんな顔が見たいんわけじゃない。
俺はいつものあの笑顔が見たい。
どんな時でも太陽みたいに笑っているなまえが見たい。
闇に生きる俺をどんな時でも明るく照らしてくれるあの笑顔が俺は好きだ。
マフィアに向いていないこいつの隣にいると気が楽になる。
マフィアだって事を忘れさせてくれる。
そんないつものこいつがいいんだ。

「いつも能天気に笑ってんだからよ。今も笑っててくれ。俺はいつも通りの手前が見たい」

頬を優しく撫でるといつもの明るい笑顔がそこにはあった。
やっぱりこの笑顔が一番いい。
笑顔で感謝の言葉を述べるこいつの腕をグッと引くと俺の胸の中へと体が崩れ落ちた。
小さいけれど温かくて柔らかい体。
逃げ出さないように強い力で抱き締める。
離したくなかった。
誰にも渡したくなかった。
永遠に俺だけのものになればいいと思った。
この笑顔も優しさも何もかも俺だけに向けられればいいと。
そう思わずにはいられない。

「俺は手前が…」
「中也さん?」

若しここで好きだと云えばこいつはどんな顔をするだろう。
困り果ててしまうだろうか。
拒絶されてしまうだろうか。
云ってしまいたい。
好きだと、俺の傍にずっといて欲しいと。
俺だけのものになれと。
でもこいつの困る顔は見たくないと云う気持ちが邪魔をする。
今はまだいい。
今はまだこうして笑っていて欲しいから。

「いや、何でもねえよ」
「変な中也さん」

遠い昔、俺は初めて人を殺した。
それはとても大事な人だった。
大事な家族だった。
大事な母親だった。
異能力を制御できなかった俺は暴走した異能力で惨殺してしまった。
それは酷い有り様で、あの時若し太宰が来なければ俺自身もこの世にはいなかっただろう。
だからと云って糞太宰に感謝する気は毛頭ないが。

俺はこの手で大事なものを守れるだろうか。
目の前にいる小さな少女を守れるだろうか。
あの過ちを繰り返さないだろうか。
何度も自分に問うては答えを探している。
けれど答えは見つからない。
守れる自信がない。
また俺は傷つけ壊してしまうかも知れないと云う恐怖に縛られてしまう。

「なまえは、俺の事が怖くねえのか。あんな姿を見て」
「如何してですか?確かにあの異能力は凄いって思いましたけど。でもどんな姿でも中也さんは中也さんじゃないですか。私の知っている中也さんは優しくて強い人なんです。だからちっとも怖くなんかないですよ。若し誰かを傷つけるのが怖いと思っているのなら、傷つけてしまう前に私が止めてあげますから安心してください」

やっぱりこいつはとんだ能天気だ。
でもこの能天気さに救われる。

答えはいとも簡単に見つかった。









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