カビ臭く薄気味悪い建物内に恐怖を感じつつも、前を歩く太宰さんの外套を指先で掴みつつ進んで行く。
いつ敵が襲ってくるか分からない為気が気でない。
前を行く二人は慣れているのだろう、全く不安そうな様子は感じられなかった。
さながらお化け屋敷にでも入っているかのようだ。
水滴が時折床に落ちる音に驚いて声を上げる。
その度に二人から笑われ帰りたい気持ちしかない。
何故私がこんな目に遭わなければならないのか。
大体身勝手な理由で連れて来たのは太宰さんだ。
黒い彼の後姿を睨みつつ掴んでいる手に少し力を入れた。

どれほど歩いただろうか。
暫く進むとやがて他とは明らかに作りの違う扉が現れた。
如何考えても此処に重要人物がいますと云わんばかりの扉だ。
あまりに露骨過ぎて察しの悪い私ですら罠だと思ってしまう。
これでこの中に組織の首領でもいたのなら相当な阿呆だ。
いないだろうと思いつつ中也さんが扉に手を掛けようとしたが。
二人とも何かを察したのだろう、扉から離れ壁へと身を潜める。
察しの悪すぎる私には何をしているのか皆目見当も付かず、引かれた腕に従い大人しく太宰さんの腕の中で目をパチパチとさせるばかりだった。

瞬間、銃声と共に大量の銃弾が扉をぶち破った。
突然の出来事に声すら出ない。
抱き締める彼の腕の力が強まり、同時に胸へと顔を押し付けられる。
ただただその温もりにしがみつき必死に目を瞑っていた。
怖いけれど、目の前にいる太宰さんがいつも以上に優しく、そして頼もしくてほんの少し恐怖が和らいだ気がしていた。

銃声が止んだと同時に一気に部屋へと攻め入る双黒と私。
まだこんなに兵士がいたのかと思うくらい、そこには武装した大量の兵士が銃口をこちらに向けていた。
外で倒した数の倍はいるであろう。
いくら強いからと云って二人と役立たず一人では分が悪すぎる。
まして私と云うお荷物がいるのだ、勝率はかなり下がるであろう。
本当に足手まといになってしまった。
勝手に無理矢理連れて来られたとは云え、私もポートマフィアの一員だ。
少しくらいは何かの役に立ちたかった。
太宰さんの背に守られつつがっくりと項垂れてしまう。

「これじゃ分が悪い。仕方ない。中也」
「ちっ、仕方ねえ」

私を横抱きした太宰さんは中也さんと共に窓ガラスに飛び込み、そのまま外へと出た。
まるでアクション映画でも見ているようだった。
感心している間にもぞろぞろと敵が外へと出て来る。
再び私達は囲まれてしまったのだ、先ほどよりも多い人数に。
地面へ私を下した太宰さんは片腕で私を守るように抱きしめる。
怖ければ目を閉じていればいいと、優しい声色で囁かれその声の優しさに思わず赤らんでしまった。
それでも私は見ていたかった。
双黒と呼ばれている二人がどんな戦いをするのかを。
私を守る背中がどれ程強いのかを。

「おい糞太宰。終わったらさっさと止めろよ」
「分かっているよ中也」

預かっててくれと私に黒い手袋を投げた中也さんはそのまま頭を撫でた。
すぐに方を付けると私に笑って見せた彼は私達から離れていく。
一体何をしようとしているのか。
心臓がドクンと跳ねた。
中也さんに手を伸ばそうとしたが、その手を太宰さんによって阻まれる。
大丈夫だと云わんばかりに背中を軽く叩いたその顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
その顔を見て何となく大丈夫なのだと思ってしまった。
太宰さんにも中也さんにも焦りの色は一切見えないのだから。

「汝、陰鬱なる汚濁の許容よ。更めてわれを目覚ますことなかれ」

そう中也さんが口にした途端、何処からともなく突風が吹き荒れた。
空気が変わったのがはっきりと分かった。
何が目の前で繰り広げられているのか私の頭では理解できない。
ただ分かるのは先刻と雰囲気の変わった中也さんが敵を倒し建物を消している事だけだ。
赤子の手をひねるかの如く敵を倒していく。
彼の強力な異能力の前に武装した兵士は成す術もなく攻撃する間も与えられず消えて行った。
跡形もなく消えてしまっているのだ。
まるで強大な力に飲み込まれてしまったかのように。
それが一体何なのか私には分からなかった。
これが夢か現実かさえ曖昧で目前で起きている事柄を茫然と見ているしかできなかった。

何もかもが消え失せても尚、中也さんの攻撃は止まらない。
楽しそうな声が夜空に響き渡る。
気でも狂ってしまったかのように無差別に辺りに攻撃をしていた。
その顔は血に塗れ今にも倒れてしまいそうで。
駆け寄ろうとしたが太宰さんに止められてしまった。
君では彼を止められない、と。
そうかも知れないが、でも誰かが止めないと中也さんが死んでしまう。
止める手を振り切り走ろうとするが、それよりも先に太宰さんが中也さんに触れた。
途端彼の表情は普段通りに戻り、その場に座り込んだ。

「手前…さっさと…止めやが…れ…」
「いやーつい面白くてね」
「中也さん!!」

血を吐いた彼はそのまま太宰さんへと倒れ込む。
ポタポタと中也さんから流れる血が地面へと落ちている。
痛々しくて顔を逸らしたくなる光景に如何してだか悲しくなって涙が出てしまった。
血塗れで気を失っている中也さんの体をそっと抱き締め、小さくお疲れ様ですと呟いた。
こうして双黒と私の夜は幕を閉じたのだった。

あの後医務室へと運んだ彼の体には太宰さんみたく包帯が巻かれている。
未だに彼は目を覚ましていない。
太宰さんから聞いたのだが、あれは汚濁と云うらしい。
中也さんの異能力の真の姿だと云っていた。
強力な異能力だが、一度汚濁を使うとその身が朽ち果てるまで破壊を続けてしまうと云う恐ろしいものらしく。
太宰さんの異能無効化でなければ止める事はできないと云う。
あの時太宰さんが云っていた「君では彼を止められない」と云うあの言葉が何度も頭を過る。
結局私には何もできないと云う事だ。
戦えない救えない。
そんな私に存在価値なんてあるのだろうか。
傷ついた中也さんの手を握り零れそうな涙を堪えていた。









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