*織田作視点



ポケットに入れていた端末が振動しているのに気づいた俺は取り出すとディスプレイを確認した。
珍しい事もあるものだ、そこに表示されていたのは太宰と云う名で。
何の用かと出てみるとこれまた珍しく悲しげな声をしていたので驚いた。
ただ一言「彼女に嫌われた」とそれだけを電話の向こうから告げると一方的に切れてしまった。
俺には何の事だかさっぱり分からなかったが、再び表示された名を見て何となく察しがついた。
あいつら喧嘩でもしたのかと。
しかしそれにしては太宰の奴のあの声色が気になる。
喧嘩など日常茶飯事だ。
それにいつも電話を掛けてくるのはなまえのみ。
もちろん太宰の愚痴を吐く為だ。
けれど今回は太宰も、おまけにあいつよりも先に連絡をしてきた。
これはあくまで俺の推測だが、あいつらは面倒な事になっている気がする。

電話越しのなまえは泣いていた。
これ程までに怯え泣いている彼女の声を聞いたのは初めてかも知れない。
壊れたラジオのようにひたすら俺の名を呼んでいた。
何とか居場所を聞き出すと、現在太宰の執務室にいるらしい。
急いで向かうとそこには部屋の隅に蹲るなまえの姿があった。
小さな体を更に小さくしている。
太宰の外套を羽織って震えながら泣いている処から推測すると、恐らく太宰に酷い事でもされたのだろう。
面倒な事に巻き込まれたと思いつつも放っては置けず、こいつの前にしゃがみ込むと頭を優しく撫でた。

「大丈夫か…って大丈夫なわけないか」
「織田作さん…私…私…」
「なまえ、話したくないのなら無理に話さなくていい」

顔を上げた彼女は酷い顔をしていた。
泣きじゃくり目は真っ赤に腫れていてそれはもう痛々しかった。
こんなになるまで泣いているにも関わらず、それでも彼女の涙は止まらない。
俺の顔を見た途端、涙は更に溢れ出た。
そのままなまえは俺の胸に飛び込みひたすら泣いた。
優しく背中を撫でつつ鎖骨のあたりに跡がたくさん付いているのが目に入ったのを思い出し思わずため息をついた。
如何やら太宰はとんでもない事をしてしまったらしい。
電話で嫌われたと云っていたのはこの事だったのか。
確かにこれでは嫌われて当然だろう。
しかし俺は奴の友人だ。
友人ならばあいつを悪者にして置くわけにもいかないだろう。
太宰も暫くは戻っては来ないだろうし、少しなまえに話でもしよう。

「太宰に酷い事をされたのか」
「…」
「あいつは頭はいい癖にたまに不器用だからな。お前への気持ちを何処にぶつけていいか分からずそんな事をしたんだろう」

太宰自身、なまえの事は恐らく興味深い玩具程度にしか思っていないのだろう。
気づいていないのか、気づきたくないのか。
己の中で少しずつ彼女の存在が大きくなっている事に。
だからこうして何かに嫉妬して離れようとするなまえを無理矢理にでも繋ぎ止めておきたかったのだろう。
それも酷く不器用な方法で。
普段はあんなに頭が切れる奴なのに、如何もなまえの前ではそうもいかないらしい。
まあそれだけこいつに必死なのだろう。
本人がそれを認めるかは別として。

「太宰の事をお前は嫌いになったかも知れない。あいつはしてはいけない事をした。嫌われて当然だ。だがそれを承知で云う。あいつを、太宰を嫌わないでやってくれ」
「織田作さん…」
「先刻、太宰から電話があった。お前に嫌われたと云っていたよ。悲しそうな声をしていた。太宰の奴でもあんな声を出せるのかと正直驚いた」

そうさせたのは他でもないなまえだ。
あいつの心を動かしたのはこの小さな少女だ。
若しここで離れてしまったら、拒んでしまったら。
折角変わり始めた何かが戻ってしまうかも知れない。
若しかすれば悪化するかも知れない。
太宰はずっと探している、生きる意味を。
この酸化する世界から逃れたいと願っている。
だけどそれは友である俺には力になってやる事はできない。
しかしなまえなら何かを変えてやれるかも知れないと思った。
だから太宰にこいつの事を話した。
実際本当に何が変わり始めている。
俺が期待していた化学変化はきちんと行われていたらしい。
酷な話しかも知れない、単なる俺の我儘かも知れない。
でもなまえにはこの先もずっと太宰の傍にいてやって欲しい。

「織田作さん、私は太宰さんが正直怖いです。厭な人だって思います。でも、今まで何をされても嫌いだと思った事はないんです。自分でも如何してだか分かりませんが。そして、今回も…あんな事を…されたのに、それでも嫌いだって思えないんです…」
「そうか」
「私が若し離れたら誰が自殺を止めるんですか。それに私はまだ彼に生きていてよかったと思える何かを見つけてもらっていません。生きていればいい事があるって思ってもらえてません。それが達成できるまでは太宰さんが厭がっても絶対に離れてやったりなんかしませんよ。だって私は彼の優秀な部下なんですから」
「全くお前は…頼もしい部下だよ」

笑う彼女が何だか可愛らしく思えた。
能天気でお人よしで莫迦だからこうして笑っていられるのだろう。
酷い事をされても尚、離れないと云えるのだろう。
俺の後輩は本当に優秀だ。
太宰を任せて良かったと誇りに思う。

俺はなまえの事を妹のように思っている。
だから助けてやりたい、力になってやりたい。
困っていたら手を差し伸べてやりたい。
ずっと笑っていられるようにしてやりたい。
能天気でお人よしで莫迦で可愛くて如何しようもない奴だからこそ。
俺はこいつの隣にいる時はマフィアではなく一人の男として、兄としていられるような気がする。
全部お前のお陰だなまえ。

「私、ちゃんと太宰さんと話をしようと思います。全部ぶつけてきます」
「そうしてやってくれ。なまえ、太宰を頼む」

元気よく返事をする彼女は眩しかった。
やはりマフィアには向いていない。
お前は日の当たる場所を歩いている方がお似合いだ。
でもこいつがいなくなったらきっと酷くつまらなくなるだろう。
だから俺はいつまでもこちら側にいて欲しいと願っている。

それまで泣いていたなまえは嘘のように笑っていた。
その能天気さについ俺まで笑ってしまう。
大した能天気さだ、全く。









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