目が覚めて一番に飛び込んで来たのはベッドの下で私に土下座をする中原さんの姿だった。
寝起きで頭がボーっとしていて状況が理解できない。
何故準幹部である中原さんが土下座しているのか。
若しかしてこれは夢なのかと頬を抓ってみたが確かに痛みを感じた。
なるほどどうやら夢ではないらしい。
何が如何なってこんな状況になったのかと考えてみると、ふと私の格好に目がいった。
下着のみの姿でベッドに寝ている。
やっとここで昨晩の出来事を思い出し赤面した。
私は酔った中原さんに襲われたのだ、だから土下座しているのか。
何だか思わず私まで正座してしまう。

「本当にすまねえ!!酔った勢いとわ云え、手前にあんな事を」
「顔を上げてくださいよ中原さん。ちょっと押し倒されただけですから。そんな土下座までしなくても」

顔を上げてと何度も云うが彼は上げようとしない。
私が虐めているかのような気持ちになってしまう。
確かに昨晩は驚いたし怖かったし泣きそうになった。
でも悪気があってやった事ではないと分かっている。
警戒心の欠片もなかった私にも非はあると思うし。

ベッドから下りて何とか顔を上げさせると。
今まで見た事のないような顔をしていた。
この人でもこんな顔をするのかと少し母性本能を擽られてしまった。
普段は眉間に皺を寄せているだけあって物珍しい。
それだけ私に対して申し訳ない気持ちで一杯なのだろう。
ここまで謝られては許さないなんて事になれる筈もなかった。

「何て顔してるんですか。中原さんらしくもない」
「だが…」
「ペットに噛まれたと思えば何ともないですよ。私は気にしてませんから」
「ペットって、あのなあ、俺は動物か」

その突っ込みに思わず二人して笑ってしまう。
如何やら少しはいつもの彼に戻ったようだ。
何処かの莫迦幹部みたく悪びれる様子もなく虐めてくる人ではなくて本当に良かったと心の底から安堵している。
そもそもあの人は分かっていてやったのだ。
私が酔って無抵抗なのをいい事に、あんな事やこんな事を。
思い出すと恥ずかしさに泣きたくなるので忘れるとしよう。
少しは中原さんを見習え、糞太宰め。

まあでも二度もこう云う状況に陥ってしまう私の危機管理能力にも問題があるのだとは思うが。
そもそも私みたいなのが襲われるなんて、そんな夢みたいな事が起こるだなんて一体誰に想像ができると云うのか。
ボンキュッボンの美女ならいざ知れず、ちんちくりんのこの私が。
ふと昔、織田作さんに「お前は可愛いんだから気をつけろ」なんて云われた事を思い出した。
あの時はお世辞だと流していたが、こう云う状況を予期して云ってくれていたのか。
ちゃんと聞いておけば良かったです織田作さん。

「みょうじ、その、目のやり場に困るからよ、さっさと服着ろ」

現在の私の格好は下着のみ。
今頃になってその点に置いて恥ずかしくなり顔から湯気でも出るのではないかと思うくらい真っ赤になった。
お見苦しいものを見せてしまって大変申し訳ない事をしてしまった。
こんな(主に胸が)貧弱な体を見せつけられてさぞ中原さんも気分を害したに違いない。
私の馬鹿野郎、何でもっと早く気づかないんだ。

「わわわ、ごめんなさい!!変なものをお見せしてしまって。すぐに着ます」
「変なものって、そう云う意味で云ったんじゃねえよ。俺はだな、お前がそんな格好してっと…本気で襲っちまいそうになるからよ…」

最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが、もう一度と頼むとうるせえとそっぽを向かれてしまった。
そんなにも私のこの格好が見るに耐え兼ねないのか。
ちょっぴりへこんでしまう。
涙を堪えつついそいそと床に散らばった服を着直した。
緊張感の欠片もない私のお腹がそれと同時に部屋に鳴り響いたのだった。

「ごめんなさい!!」
「まあ確かに腹は減ったな」
「あの、良かったら私が朝食を作りますけど」

やばい変な事を云ってしまったと後悔したが、後の祭りだった。
中原さんは食べたいと少し目を輝かせているように見えて、とても断れる雰囲気ではなかった。
どうやら私の女子力が試される時が来たようだ。
いざキッチンへ立つと真正面からジッと見つめる中原さんの視線が痛い。
変なものを作らないか見張っているのか。
ただでさえ朝食を作るなんて迂闊な事を云ってしまった己を殴ってやりたいのに、追い打ちを掛けるように調理するところを見張られていてはプレッシャーに押しつぶされてしまいそうになる。
何であんな事を云ったんだ私の莫迦。

「な、何だかこうしてると新婚さんみたいですよね…なんて…」
「ったく、手前なあ」

またしても変な発言をしてしまった。
本当にもう二度と口を利けないようにして欲しい。
気を紛らわせようと何か話題をと思ったのに、余計な事を云ったせいで微妙な空気になってしまった。
いっその事泣いてしまいたい。

それまでカウンターに突っ伏していた中原さんはふと顔を上げた。
肘をつき私を見つめながらとんでもない事を云い出したのだった。

「俺は別に手前と本気で夫婦になっても構わねえけどな」
「なななな、何を云って…」
「莫迦が、冗談に決まってんだろ。けどまあ手前みたいな奴が嫁だったら毎日楽しいだろうな」

今自分がどんな顔をしているのか想像ができないが。
きっと酷く不細工な顔をしているに違いない。
今のは聞き間違いではないだろう。
そこまで私の耳は悪くない、と思いたい。
堪らずに中原さんに背を向け手で顔を覆った。
恥ずかしい。
新婚さんみたいだと莫迦な事を云ったのは私だが。
まさかこんな事を云われるなんて思ってもみなかった。
暫く彼の顔を見れそうにない。

当然ながらそれまで調理していた手はすっかり止まってしまっていた。
どんな顔をして調理すればいいか分からず、ずっと背を向けていたが、いつの間にか私の前まで彼は移動していた。

「顔見せろ」
「無理です!!今は本当…勘弁してください!!」
「いいから見せろって云ってんだよ」

無理矢理手を退けられ真っ赤になった顔で恐る恐る中原さんを見上げると。
彼は愉快そうに笑っていた。
顎を掴まれ更に上を向かされてしまい。
彼から目が離せなくなってしまった。
そのせいで更に顔が赤くなる。

「手前は本当に、可愛いな」

ひょっとしてまだ酔っているのだろうか。
びっくりして目を丸くしていた私に中原さんは何の躊躇いもなく唇を重ねてきた。
彼の舌が私の唇を舐める。
頑なに閉じている唇を開けようとしているのだろうか。
けれど何が如何なっているのか理解が追い付いていない私は固まっているしかなかった。

「口開けろ」
「へ?」

間抜けな声を出した瞬間、再び重ねてきた彼の唇。
声を出したせいで微かに開いた私の唇をこじ開け中へと入って来る。
くちゅくちゅと卑猥な音と震える腰。
無意識に逃げようと引いた腰は中原さんの手によって引き戻されてしまった。

「逃げてんじゃねえよ。黙ってされてろ、なまえ」

今、名前で呼んで―――
本日何度目か分からない驚きに私の目は魚眼のようにまん丸になってしまう。
やがて壁に押し付けられた私は逃げる事もできずにただ彼からのキスを受け入れるばかりだった。









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