02



こんな事なら弾む会話術でも学んでおけば良かったと後悔するくらい再び沈黙が続いた。
交際経験が皆無な私は異性と何を話せば良いのかなど知る筈もなく。
気まずい雰囲気の中、黙々と料理を口に運ぶしかなかった。
それにしても彼の食べ方はとても綺麗だ。
高そうなスーツに身を包んでいるあたりから察するに何処かのお偉いさんなのだろうか。
歳は私とそう変わらないだろう。
きっと余程仕事が出来る人に違いない。
あーだこーだと一人考えていた時、不意に彼が席を立った。
何処に行くのだろうと思ったが、何だか聞くのも迷惑かと思いただ黙ってその姿を目で追うばかりだった。

暫くして彼は席へと帰って来て、程なくして私達は店を出ようと立ち上がった。
さてお会計をと財布を取り出したのだが、もう支払い済みだと店員さんに云われ首を捻る。
いつの間に払ったのか。
思い当たる節は一つしかない。
そう、先ほど彼が立ち上がり何処かへ行った時だ。
律儀にも私の分まで支払ってくれている。
これではお礼の意味がない。
先に店を出た彼を慌てて追いかけた。

「あの、お会計、何で」
「女に奢られるなんて面子が立たねえだろ」

そもそも此れはトートバッグを取り返してくれたお礼だったのだ。
なのに私が奢ってもらって如何する。
お金を返すと何度も云ったが彼は全く受け取ろうとはしない。
如何したものか。
何かお礼の品を渡そうにも彼の好みなんて知るわけがない。
今日たまたま出会ったばかりの人だ。
好きなものは何ですかなんて初対面の人に聞ける筈もなく。
如何したら良いのかと頭を抱えるばかりだった。

「だったら今度また奢らせて下さい。次は絶対に奢りますから」
「だからいいっつてンだろ」
「そう云うわけにはいきません」

大事なものを取り戻してくれた云わば恩人だ。
彼は至極面倒臭そうだが私だって引くわけにはいかない。
じっと見つめていると大きなため息をついた彼は連絡先教えろと気怠そうな声を出した。
メモ帳に書いた連絡先を渡すと、彼はポケットへとその紙切れを仕舞い込んだ。
先程までとっていた帽子を被り直したその人は背を向け、ひらひらと手を振ると歩き出してしまった。
まだ私は彼の名前を聞いていない。
歩き出した彼に向って名を聞くと。

「中原中也だ」

と其れだけを言い残した。
私は其の時気づいていなかったのだ。
物陰に黒塗りの車が停まっていた事も。
その車に黒いスーツを着た男が乗っている事も。
そして何より、その怪しげな車に彼が乗り込んだ事も何一つ知らなかったのだ。
ただ彼から連絡が来るかと、それだけを心配して見えなくなった中原さんを見つめるばかりだった。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -