01



大きな荷物を抱えて急ぎ足で自宅へと向かう。
画材やら何やら必要なものを買い込み過ぎてとても重い。
早く帰って荷物を置きたい。
その気持ちからか自然と速度が速くなる。
そんな時に限って事件と云うものは起こってしまう。
後方になんて全く意識を向けていなかった私は。
所謂ひったくりに遭ってしまった。
大事なトートバッグをひったくられて、一瞬何が起こったのか分からなかった。
漸く理解が追い付いた時には犯人の姿は小さくなっていた。

如何しよう、やってしまった。
大事なものを盗られてしまった。
慌てて追いかけるが足の遅い私が追い付ける筈もなく、差はどんどん広がるばかり。
ひったくりです、と叫んではみたものの誰も犯人を止めてくれない。
日本人はこうも冷たかったのかと落胆してしまう。
しかし落ち込んでいる場合ではない。
何としてもあのひったくりを捕まえなくては。
足が遅くたって大事なものを盗まれた事に変わりはない。

必死に追いかけ息も切れ切れ。
それでも犯人には追い付かなかった。
人の多かった通りを抜けて段々と人通りが少なくなる。
そんな時、目の前で犯人が地面に倒れた。
正確に云えば倒されたのだ。
黒い外套に黒いスーツ、そして黒い帽子に赤毛。
見るからに犯人よりも危なそうなその男の人は、ひったくり犯に足を引っ掛け転ばせていた。

「これお前のだろ?」
「あ、有難うございます!!助かりました!!」

犯人の持っていたトートバッグを手渡された私は深々と頭を下げた。
日本もまだまだ捨てたものではないようだ。
背の低いその人は一言別れの言葉を述べるとヒーローさながら歩いて行った。
何かお礼をと思わずその背に声を掛けると、その人はぴたりと足を止め。
踵を返すと私の方へと戻って来た。

「何かお礼をさせてくれませんか」
「別にンなもん要らねえよ」
「そう云うわけには。あの、良かったらお昼ご飯食べに行きませんか。私が奢りますから」

半ば無理矢理彼の手を引きよく立ち寄る喫茶店へと入った。
諦めたのか渋々彼も席に着いた。
店に入ったのは良いが話す話題が何もなく耐え難い沈黙が続く。
初対面の人に一体何を話せば良いのか。
仕事の事とか聞いても良いのか。
けれどそんなプライベートな事を見知らぬ人に聞くのはマナー違反か。
何か話さなければと懸命に考えていた矢先、先に口を開いたのは彼だった。

「それ、そんなに大事なもんが入ってんのか?」
「そうなんです。私デザイナーでして、と云っても全然知られてないんですけどね。このトートバッグには今まで考えたデザインを描いたノートが入ってるんです。だから盗られるわけにはいかなくて」

今はまだ名を知られてはいないが、いつか大きな舞台で私のデザインしたものを披露する。
それが私の夢なのだ。
散々語ったところで初対面の人に何を語っているのだろうかと赤面してしまった。
一方の彼は優しく微笑むと、叶うと良いなと優しい声色で呟いた。
その笑みがあまりにも綺麗で、それはもう見惚れてしまう程に。
惚けている私の目の前に店員さんが料理を運んでくれたが。
そんなものは目に入っておらず、ずっと彼の顔を眺めていた。
なかなか料理に手をつけない私を気にしてか彼は一言冷めるちまうぞとぶっきらぼうに云った。

これが初めて中原中也と云う人に出会った瞬間だった。

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