君と僕のその後のお話

好きだ、その言葉を云う前に太宰さんは私の方を振り向き瞬く間に傍までやって来た。
そしてまるでその先を云わせないとばかりに私の唇に人差し指を軽く添えたのだった。
そんな事をされた私はもう何も云えなくなってしまい黙り込む。
何を云おうとしているのか、どれだけ鈍感な人でも流石に分かるだろう。
つまりこれは云う前に玉砕してしまったと云う事なのだろうか。
告白されても迷惑だから静止したのだろうか。
マイナスな事ばかり考えてしまう。
お願いだから何か云って太宰さん。

彼は風邪をひかないようにと、私の頭から自らの着ていた外套を被せ。
そのまま私の手を引いた。
一体何処へ行くと云うのか。
今更思い出したが、私は現在仕事中だ。
早く職場に帰らなければならない。
元はと云えば追い掛けてしまった私が悪いのだが。
しかし繋がれた手を振り解く事は出来なかった。
久々に触れた彼の優しい手から如何しても離れたくなかったのだ。
ずっとずっと恋い焦がれ求め続けたこの温もりを。
私はもう失いたくない。

連れられてやって来たのは古びたアパートの前だった。
その一室に招かれ入ってみると簡素な部屋がそこにはあった。
簡素だが酒瓶があちこちに置かれている。
察するに此処は太宰さんの部屋なのだろう。
いきなり男の人の部屋に入るなんて、心の準備が出来ていない私の心臓は破裂寸前だ。

「そのままでは風邪をひいてしまう。シャワーを浴びておいで」

タオルを手渡された私は云われるがままシャワーを浴びた。
如何してまだ私に優しくしてくれるのか。
もう彼と私の間には何もないと云うのに。
ひょっとしてまだ玉砕していないのだろうか。
どれだけ考えを巡らせても私は太宰さんではない。
当の本人に直接聞いてみるのしか答えは見出せない。
矢張りきちんと想いを伝えよう。
そう決めて此処までやって来たのだから。

お風呂から上がると太宰さんの物と思われるTシャツが置いてあった。
当然ながらぶかぶかで、まるでワンピースのようだ。
Tシャツからは微かに太宰さんの香りがする。
匂いに喜んでいるなんてとんだ変態になってしまったものだ。
自らを嘲笑しつつ部屋へ戻ると窓際に座る彼の姿を見つけた。
云わなきゃ、伝えなきゃ。
好きだと云うこの気持ちを。
折角目の前に彼がいるのだから。

「太宰さん、私貴方に云わなくちゃいけない事があって」
「その言葉を聞く前に私から云わせてもらっても良いかな」

おいで、と手招きされて近づいた先で待っていたのは太宰さんの温もりだった。
グッと腕を引かれ崩れ落ちた私の体はすっぽりと彼の腕の中へとおさまった。
こんな事されたら勘違いしてしまうじゃないか。
若しかしたら…って。
本当にこの人は狡い。
ずっと求めていた、この温もりも匂いも感触も。
如何しようもないくらい好きなんだって改めて思い知らされる。
これで振られたら自殺でもしてしまいそうな気分だ。

「私が、君の気持に気づいていないとでも思っていたのかい?気づいていたさ、ずっと前からね。だからそれを利用したんだ。あの雨の日、私はわざと君に酷い事を云って一人にさせた。奴が必ず襲いに来ると分かっていたから。全く酷い男だろう?こんな男でも君はまだ好きだと云えるかい?」

じゃあ、あの言葉は本心じゃなかったと。
本当はそんな事思ってないと。
そう受け止めても良いと云う事なのだろうか。
私の事を利用していたとか、そんなの今更如何だって良い。
嫌われてないのならそれで良い。
だって恋は盲目って云うじゃない。
厭な処なんて何一つ目に入らないの。
それだけ貴方が好きだから。

「利用してたとかそんなの良いんです…私は太宰さんの事が好きなんですから」
「そんなだから変な男に騙されてしまうのだよ」

私みたいなね、と云われつい笑ってしまった。
本当に私はまだ如何しようもない男に捕まってしまったようだ。
もう二度と変な男を好きにならないと決心したのに。
私も如何やら駄目な人間のようだ。
全ての決心を尽くゴミ箱へと捨ててしまった。
其れでも繋ぎ止めておきたい人がいるから仕方がない。
だって何を犠牲にしたって構わないと神様に願ってしまったから。

抱き締められていた腕を解かれ、そっと組み敷かれた畳の上。
私の首元へと顔を埋めた太宰さんは態とらしく厭らしい音を立てながら耳を啄む。
そのこそばゆさに身を捩るが、耳から首筋へと唇が移動していく。
時折甘い声が漏れて恥ずかしさに思わず口元を押さえた。
するりとTシャツの中へと彼の手が滑り込み、ブラのホックを外されてしまう。
優しく胸を揉むその手に無駄だと分かりつつも抵抗を試みるが。
あっさり頭上で手首を束ねられてしまった。
軽いキスは段々と深く激しくなり、唇が離れると口端から唾液が零れ落ちた。
胸を触っていた手は下へ下へと下りていき、下着の中へ入ると小さな穴へと細長い指が侵入して来た。
激しくかき乱される度に声は漏れ部屋の中へと響渡る。
まだ日の高いうちから何をしているのか。
私も太宰さんもそう思っているが、それでもお互いに其の行為を止めようとはしない。
何度も何度も「愛している」と囁かれながら私は彼に抱かれた。

気怠さにしばらくボーっとしていた私だったが、仕事中だった事を思い出し急いで服を着替えようとした。
しかしながら太宰さん曰く彼が職場に電話を入れ休みにしてもらったらしい。
一体どんなマジックを使ったのか。
何だか考えるのが面倒になり、それなら良いやと畳に再び転がった。

「私は君を愛している、君もまた私を好いている。つまり両想いと云うわけなのだが。如何だろう、今度は契約ではなく本当の恋人になると云うのは」

其の言葉がずっと欲しかった。
何度も諦め掛けてそれでも諦めきれなかった。
そう云ってもらえるかも知れないと微かな希望を抱いてずっと太宰さんを追いかけてきた。
やっと私は本当の恋人になれる。
ただ嬉しくて弱くなってしまった私の涙腺はまたもや涙を流し始めた。
慰めるかのように何度も太宰さんの手が私の頭を撫でた。
返事は、と問われ胸がいっぱいで言葉が出ない私は絞り出すように声を出した。

「よろしくお願いします」



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