(好き。)
雨上がりの青空を映す水たまりが好き。
(好き。)
山の向こう側にゆっくり沈んでいく赤くて優しい夕陽が好き。
(好き。)
暗い暗い夜の真っ黒を金色の光できらきら照らしてくれる満月が好き。
(好き。)
鯛焼きとかチョコレートとか飴とか甘いものが好き。
(好き。)
子供の頃からハンバーグとエビフライが好き。
(………すき。)
フライパンですぐ殴ってくるし無愛想でデカくて男でヘタレでヘタレでヘタレなのに、…なのに、彼が、好き。
「相馬さん相馬さん!恒例の山田くっつきタイムですよ!」
「やめてー。」
山田さんがおれの背中にぴとりと張り付いた。今おれはまさに仕事の真っ最中なのに。そして山田さんも休憩ではなく仕事の時間の筈なのに。
…まぁもともとロクに仕事しない子だけれども。いやそれを言うならおれもあんまり仕事しないけれども!それは一旦置いといて、ね?
「…動きにくいよ山田さん」
「気にしないでください」
「………気にしないで…って…」
暗に離れてくれと言ったのに山田さんには全く通用しなかった。…仕方ない、諦めてこのまま仕事しよう。
菜箸を操りじゅあじゅあと音を立てる油の海で溺れるエビを救い出す。綺麗に揚がったこのエビフライは、エビフライ定食の大事な主役だ。
「相馬さんて、エビフライ揚げるの上手ですよね。」
「ありがとう。」
山田さんを背中にくっつけたままさっさと盛り付け完成させたエビフライ定食を、近くを通りかかった種島さんに託せばキッチンの仕事はひとまず一段落。
「やっと落ち着きましたね。これで漸く相馬さんに心置きなくくっついていられます。」
「いやいやいや、仕事しようよ山田さん…」
「だめです。いつもうるさい佐藤さんが休憩中なので、今のうちに精一杯甘えるんです。」
「…ッ…!」
彼の名前。
それを聞いただけでどきりと高鳴る心臓の音。びくりと震える肩。
(あああもう、最悪だ)
「相馬さん?なんかぼーっとしてませんか?」
「してないしてない、気のせいだよ。」
「…?そうですか、」
彼は男で、デカくて、無愛想で、常に煙草臭くて、すぐ殴ったりしてきて、
……好きな女の子が、いて。
(………ああもう…最悪、だ…)
望みなんて欠片もない
最悪な恋。
(でも好きなんだ。)
(誰よりも、…何よりも。)
要さんのターン!
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