すたすか | ナノ



部活が終わって、少しだけ残って練習してから誰もいない部室で汗でぐっしょり濡れた弓道着を脱ぐとき、解放感と同時に、さみしさが僕に訪れる。もうすぐこの感覚もなつかしいと感じるようになるのだろう。そう思ったら、それはとても、僕の胸を締めつけた。いつか来る、終わり。


「ほ、ま、れ」


はっと気がつくと、彼女が外にいた。気がつかなかった。余裕がなくなるほど、考えふけっていたのかな。


「最近ぼうっとしてること多いね」


そうかな?自分じゃ、気づかないんだけどね。
雲から顔を出したオレンジの夕焼けの光が彼女の姿を色濃く映しだして、それが眩しくて、僕は少し目をそらした。


「誉はいつも自分から気づいたことないでしょ」

こつんと小突かれる。痛いよ、と笑いつつ、的を射てるから彼女になんとも言い返せない。そうだね、いつも僕より僕の周りの人のほうが僕に詳しいんだ。僕はとても、恵まれていると思う。それでも、それにずっと甘えていたらいけないとは思っている。

「いいんだよ、甘えてくれたら。誉は何を考えているか、わかりやすいから」


そう言いながら彼女は僕の手を握った。汗かいてるよと言っても、いいのと言って彼女は手を離そうとはしない。じわりと、僕も彼女も手が汗で染みるのが分かるけれど、不思議と離す気にはなれなかった。


「大丈夫、大丈夫」


そう言って目を伏せる彼女を見ていたら、さっきまで不安に思っていたことは、今は蝉の声に溶けていく。僕が今何を考えているか、君は、ちっともわかっていないんだろう。僕はこの瞬間、君のことしか考えていない、君でいっぱいなことが、この手から、君に伝わればいい。でも伝わってしまったら、君はきっとこの手を振り払ってしまうんじゃないかと思って、君と手を繋いでおくために、何も言わずに、笑った。