すたすか | ナノ




「犬飼くん、聞いて!」
「あいよー」



嬉々として俺のもとに話にくるなまえの話の内容は、もう大体想像できる。完全に耳タコだ。もうそろそろ俺の耳からタコやイカが出てくるんじゃねーの、マジで。



「あのね、」
「今日の宮地くん、だろ?」



なまえが俺のとこに来る理由の大半がそれで、毎日毎日宮地の話をしていてコイツも飽きないのかと思うけど、なまえは宮地のことを話す時は赤かったり落ち込んだりな百面相でおもしろい。俺はいつものように、机に座り頬杖をついて傍聴体勢に入った。



「そうなの!今日ね、」
「はいはい」



たまたま授業が一緒でちょっと喋ったとか、目が合っただとか、かなり小さいことに一喜一憂してるなまえの顔を見てると、心がずしりと重くなっていく。例えば、もしなまえが俺のことを好きだったら、俺の行動にこんな風に一喜一憂してくれるんだろうか。最初は別に嫌じゃなかったはずなのに、なまえの口からあいつのなまえが出るたびにまるで一個の的に矢がささるみたいにちくり、ちくりと痛みが蓄積していった。どうやったら止められるんだ、これ。



いっそ今、小さく動いている、宮地のことを話すなまえの薄い唇を塞いでしまえたら、




「犬飼くん?」



なまえの声ではっと我にかえった。俺、何考えてんだ。



「大丈夫?どうかした?」
「…あー、はいはい、つまりまとめると宮地がかっこいいってことだろ?」
「ち、違うよ!もう、全然聞いてないじゃない!」
「毎日毎日繰り返されるからもう一文字一句全部言えるぜー俺は」



顔を赤くして「犬飼くんのばか!」と叫ぶなまえはもうさっき俺が何を思っていたかなんて頭にないようだった。そりゃあそうか、今は宮地で頭がいっぱいだもんな。



的を射てるのはなまえ、なんてことは分かっていた。きっと俺はなまえが好きなんだろう。ほんとはなまえの口から宮地の名前も宮地の話も聞きたくない。けれどそれを言葉にしてしまったらなまえとの関係が崩れてしまうような気がした。痛みをずるずると引きずるしか選択肢の選べないとしても、たとえ、宮地のことでしか繋がることができないとしても、俺はなまえとのこの関係を失いたくない。こうやっていろんなものを押さえて利用しては、なまえの近くにいたいのに自分は安全圏にいるだなんて、疑う余地もなく俺はずるくて臆病者だ。
世界は皮肉なもんだな、となまえに零すとなまえはきょとんと不思議そうな顔をした。