「……何故ですか!?」


佐和山城の一室、響き渡る椿の声。

「馬鹿、大声を出すな」

不機嫌そうに眉を顰める三成に、椿は高ぶった感情を落ち着かせようと、胸に手を当てた。


「……失礼いたしました」


二、三度深い呼吸を繰り返し、もう一度問う○○の目は、真剣そのものだ。

「どうしてです? 三成様を守るのが私の仕事ですので、そのような訳には参りません」


三成は、椿から目を逸らし、小さくため息を吐いた。

「フン。わざわざ守られずとも、自分の身くらい自分で守れる」

「三成様、それでは納得できません。きちんと理由をおっしゃってください」


「……貴様がいると、邪魔なのだよ」


低く吐き捨てられた言葉に、椿の心臓がドクン、と鳴った。
声が震える。


「……私、では……三成様のお役に、立てませんか?」


未だ視線を合わせようとはせず、押し黙る三成。



「――殿、失礼します」


椿はこみ上げそうなものをぐっとこらえうつむいたが、襖越しに聞こえた声に、ハッとして顔をあげた。

話をしていたとはいえ、すぐ近くの足音にも気付けなかった未熟な自分に腹が立つと同時に、三成の言葉が重くのしかかる。

石田家に仕官してからずっと、当主である三成を支えているつもりでいたが、やっぱり自分は役立たずでしかなかったのだろうか。


三成の返事を待たずして部屋に入った左近は、二人の状況を見て目を丸くした。


「声が聞こえたから来てみれば……。殿、何椿を泣かせてるんですか」


いつもと変わらず、三成達を茶化すように笑う左近に、椿は顔の前で勢い良く手を振る。


「な、泣いてませんっ!」

「おや、俺には泣いてるように見えたんですがね」


気が緩んだせいかまたじわりと涙が滲み、椿は慌てて着物の袖で拭った。



「何かあったんですか? 殿」

「たいしたことではない」

淡々とした三成の言葉に、椿は憤りを隠せなかった。

「私にとってはたいしたことです! いきなり戦場に出るななんて……!」


「……なんだ、ただの痴話喧嘩か」


呆れたように肩をすくめる左近。

「ち、痴話喧嘩って。……そんな訳ないじゃないですか」

「いーや、そうとしか見えませんね。でしょう、殿?」


左近は、自分を睨む三成の鋭い視線も気にせず、ぽかんとしている椿に耳打ちした。



「好きな女を戦場なんて血なまぐさいところには行かせたくない。それだけです」

「え、だって三成様は私を邪魔だと……」

「はは、そりゃ椿が隣にいたら興奮しちまって戦どころではなくなるんでしょう。察してあげてくださいよ」


「さ、左近貴様っ……!」


言いたい放題の左近に、三成はその場から立ち上がった。

「おっと」

襟元に掴みかかってきそうな三成の勢いに、左近は両手をあげて降参の意を示す。


「さて、邪魔者はそろそろ仕事に戻りますかね」


「待て左近! 左近! ……チッ」


あっという間に逃げ去った左近に、苛立ちを露わにする三成。
その背に、椿がおずおずと声をかける。


「あの、三成様?」


「……何も言うな」

「私は、まだ三成様のお側にいてもいいのでしょうか」

「何も言うなと言っているだろう」



否定しないのですね。


直接口に出せば三成の怒りを買うであろうその台詞は、椿の心の中で呟かれた。

後ろからでも三成の耳が赤くなっているのがわかり、椿はそっと微笑んだ。


2011/08/02


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