私は自作の地図を広げながら、三河を駆けていた。 えー、こっちが北だから、確かここを真っ直ぐ…… 「どわぁあっ!?」 刹那、片足に何かが絡まり、天と地が反転した。 一瞬混乱したが、すぐにわかった。見下ろせば、足首が太い縄で木の枝に固定され、吊し上げられている。……罠だ。 一つ息を吐き、この展開も何度目だろうと考えた。 「……またお前か」 呆れたように吐き捨てながら、目の前に現れる人影。またお前かって、それはこっちの台詞です。 「半蔵さん! 勘弁してくださいよ毎度毎度ー」 いや、毎度毎度引っかかってるのは私なんですけれども。宙ぶらりんの情けない状態で抗議したところで、滑稽なだけで迫力は皆無だ。 前回は落とし穴でしたっけ? 初めてきた時なんか無数の手裏剣に襲われるし散々ですよ。正直泣きましたよあの時は。 こっちは山越え谷越え戦場を越え、命がけでお手紙届けにきてるんですよ? 「しがない飛脚を罠にかけるのはやめていただきたいものです」 「…………」 あとその無表情で人を見下ろすのもやめていただきたいものです。怖いので。 ちゃんとわかってますよ半蔵さんが言いたいことは。私だって好きで引っかかってるわけじゃ……っと、ちょっと待った、そろそろ頭に血が上りすぎてキツいです。 「あの〜すみません、どうにかなりませんかね、これ」 そう言うと、半蔵さんは音も立てずに姿を消した。……消した? え? 無視ですか? それはちょっと酷くないですか半蔵さん、ただでさえ私今吐血しそうなのに。このまま放置されたら屍と化しますよ。 自力でどうにか抜けようと縄に手を伸ばすが、ギチギチと締め付けるばかりで一向に緩まらない。どうなってるんですかこれ。無理に引っ張れば引っ張るほど、足首が取れるんじゃないかってくらいに痛む。 いつつ、と顔を歪めながら悪戦苦闘していると、不意に縄がすっぱりと切り落とされた。当然私は、無様にも顔から地べたに転げ落ちる。 「あだっ!」 べしゃって音しましたよ今。ううう鼻が痛い。今ので絶対擦りむいた。 小刀を懐に収め、感謝しろと言わんばかりの視線を向けてくる半蔵さんに、不満を抱きつつもぺこりと一礼する。 「ありがとうございます……」 いつものことだけど、ここにくると踏んだり蹴ったりだなあ、私。 低い鼻がさらに低くなったらどうしてくれるんです、なんて文句の一つでも言いたいくらいなんですけどね。……ええ、実際は言いませんよ。言えるわけないじゃないですか。怖いですもん。 「でももう少し優しく助けていただけるとありがたいなあーなんて」 「……優しく?」 半蔵さんの目が鋭く光る。 「いえすみませんなんでもないです」 顔がほぼ隠されているせいか、半蔵さんの目力は半端じゃない。 さあーて、早く家康さんへ書状を届けなくては。 …………嫌だなあ、これもお仕事の一環ですよ? 泣いてなんかいませんってば。 2011/12/22 ← |