急ぎ足で廊下を駆ける椿。どたどたと響く足音は、ある一室の前で止まった。 「三成様、三成様!」 部屋の外から大声で名を呼ばれ、三成は嫌々襖を開けた。 「なんだ。騒々しい」 その仏頂面とは裏腹に、興奮した面持ちの椿が顔を乗り出す。 「牡丹が咲いたんです」 「牡丹?」 「はい! 苗の頃から育てていたのですけれど、先程見たら花が咲いていたんです」 「だからなんだと言うのだ」 「一緒に見に行きましょう!」 笑顔でそう言われ、三成は解せぬとばかりに眉を顰めた。 「何故俺が?」 俺は暇ではない。冷たく言い放つ三成に、椿はさらに食い下がる。 「三成様。お願いします」 悲願の眼差しを向けられ、三成は仕方なしにそれに応じた。 「……どこだ」 「はい?」 「その牡丹はどこに咲いている」 椿の表情がぱっと明るくなる。 「はい! こちらです!」 案内された先は、庭の片隅だった。 日が良く当たり、水捌けの良いその場所で、大輪の花が生き生きと存在を主張している。 赤い花弁が見事に咲き誇り、辺りに良い香りを漂わす。 「ほう。これは……」 「綺麗ですよね」 渋々ついて来たとは言え、あまりの美しさに、感嘆の声を放つ。 「見事だな」 そんな三成の横顔を見ながら、椿は嬉しそうに微笑み、口を開いた。 「ふふ、この牡丹。三成様に似ていると思いませんか?」 「……俺に?」 この花と俺のどこが似ていると言うんだ。不思議そうに首を傾げる三成に、椿は頷いた。 「ええ。とっても綺麗で、真っ直ぐで、凛としていて……。人に媚びない、意志の強さを感じます」 そこまで言い切られて、三成は不快に顔を歪ませた。 「よせ。世辞は嫌いだ」 「世辞だなんて。私は思ったことを言ったまでです」 椿の純粋な笑みに、言葉が詰まる。 無言で顔を背けた三成に、椿は申し訳なさそうに切り出した。 「先は無理を言ってすみませんでした。どうしても三成様に見て欲しくて」 「椿」 「はい?」 不意に名前を呼ばれて顔を上げると、三成の口から信じがたい言葉が聞こえた。 「好きだ」 「どっ、どうなされたんですか? いきなり……」 動揺する椿に、三成は花に目を向けたまま呟いた。 「……ふん。思ったことを言ったまでだ」 その頬がうっすらと赤く染まっていることに気付き、椿は小さく笑う。 「……三成様」 「なんだ」 「愛しております」 仕返しとばかりに、満面の笑みで言ってのけた椿。 「なっ……」 面食らったように椿を凝視する三成は、一気に顔に熱くなるのを感じた。 「三成様、頬が赤いですよ?」 「……うるさい。貴様も真っ赤だろう」 三成に言われて、初めて自分が紅潮していることに気付いた椿は、慌てて頬と口元を両手で覆った。 そんな状況がおかしくて、つい笑い声が漏れる。 「ふふ。来年も、二人で見ましょうね」 「咲かせられたらな」 三成の憎まれ口に対して、椿は美しい牡丹を前に、自信たっぷりに返した。 「きっと咲かせます!」 2011/08/18 ← |