政宗と城下町を歩いていた椿は、ある店の前で足を止めた。

「わ、可愛い……」


背の低い陳列棚に並べられた商品――きらびやかな簪や櫛に目を奪われる椿を見て、政宗は目を細めた。

「簪じゃと? ふむ、椿にも少しは女子らしいところがあるのじゃな」

その意外そうな物言いに、椿が笑う。

「私には髪飾りは似合いませんか?」

「そうは言っておらぬ。これなんかどうじゃ」


政宗は手前の棚から一つ選び、手に取る。黒塗りに金箔があしらわれた小さな簪だ。
上品だが、先端の赤い花飾りが愛らしさを感じさせる。

「素敵ですね! あ、こっちは政宗様に似合いそうですよ」


顔を綻ばせた椿は、隣の扇形の簪を指差した。
漆塗りと豪華な螺鈿の蒔絵に、ぶら下がったとんぼ玉の緑が鮮やかに映える。
嬉々として簪を勧められ、政宗は顔をしかめた。


「……男が簪なぞつけたら気色悪いだけじゃ」

「あら、似合うと思いますけれど」

政宗の髪に簪を当ててみようと手を伸ばすが、振り払われてしまう。

「や、やめい! そう言われても嬉しくないわ馬鹿め!」

「そうですか? 残念です」

見てみたかったのに、とこぼす椿に呆れ、政宗はため息を吐いた。

「下らぬ戯れ言は良い。欲しい物があるならばさっさと決めよ!」


「……では、これにします」


ぐるりと店内の商品を見回った後、椿は先の赤い花飾りのついた簪を掴んだ。

「なんじゃ、わしが良いと言った物か」

「ええ。やっぱりこれが一番気に入りました」

微笑んだ椿の目は、宝物を見つけた子供のように輝いている。


「……おい、店主はおるか!」

「はい、ただいま!」

政宗が大声で呼ぶと、店の奥からはきはきとした声が響いた。
間もなくのれんをくぐり、感じの良い男が顔を出す。


「お待たせいたしました」

「この簪を貰うぞ。いくらじゃ?」

「はい、こちらですね! ……このくらいでどうでしょう?」

言われた額を懐から取り出す政宗に、椿は目を見開いた。

「ま、政宗様!? 私、自分で買いますよ!」

「遠慮するでない!」

「でもこんなに値の張るもの……」

制止する椿を横目に、早々に支払いを済ませ、悠然と笑う政宗。


「ふん、これくらい大した額でないわ」

簪の入った小さな包みを差し出され、椿は精一杯の提案をした。

「で、では、私が政宗様に翡翠の簪を買いますね!」

「馬鹿め。いらぬ」

「それでは、えっと……」


次の案を思考する椿。それに苛立った政宗が、強引に包みを押し付ける。

「わしがやると言っておるのじゃ。素直に貰っておけ!」

「あ、ありがとうございます。……嬉しいです」

遠慮がちに微笑む椿に、政宗は満足げに頷き、店を後にした。
椿は受け取った簪をぎゅっと両手で抱え、小走りで後を追う。
――その横顔は、幸せな笑みを浮かべていた。


2011/08/18


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