半兵衛が廊下を歩いていると、膳を持った椿を見かけた。 「あれ、椿?」 呼びかければ、穏やかな笑みが向けられる。 「半兵衛様! よかった、ちょうど呼びに行こうかと思ってたんです。一緒に食べませんか?」 そう言った椿の持った膳には、皿に盛られた団子が乗っている。 甘いもの好きの半兵衛は、目を輝かせた。 「おおー、いいねえ! じゃあお茶にしよっか?」 「はい!」 ――半兵衛は団子を一つ摘むと、まじまじと眺めた。 よく見ると、皿に乗った団子は、どれも大きさが微妙に不揃いだ。 「これ椿の手作り?」 「ええ。なのでちょっと歪ですが……」 恥ずかしそうにお茶を啜る椿。 そういえば、椿が菓子を作っているところなど見たことがない。 微笑ましく思いながらも、半兵衛は手に摘んだそれを口に放り込んだ。 「うん、おいしいよ」 「本当ですか? 良かった」 安堵して顔を綻ばせる椿も、団子に手を伸ばした。 談笑しながらいくつか食べ進めているうちに、半兵衛が椿の顔をまじまじと見つめる。 「……椿、口の横ついてる」 「えっ? どこですか?」 あたふたと口の周りをこする椿に、半兵衛の顔が近付く。 「違う違う、こっち」 言いながら、椿の唇のすぐ横をぺろりと舐めた。 椿が硬直する。 我に帰り、自分が何をされたのか気付くまで数秒かかった。 「……は、半兵衛様っ!?」 「あっれー顔真っ赤だよ椿。もしかしてー、やらしーこと考えちゃった?」 「そ、そんなことありません!」 わざと不思議そうに椿の顔を覗き込む半兵衛。 椿の頬が赤みを増し、半兵衛は怪しい笑みを浮かべる。 「ふーん。ちょこっと舐めただけなのに、そんな可愛い反応しちゃうんだー……」 再びゆっくりと顔を近付ける半兵衛に、椿は少したじろいだ。 「あの、半兵衛様、何を……?」 「このまま接吻したら、椿どんな反応するかなーって思ってさ」 鼻と鼻が触れるくらいの至近距離で、半兵衛はにこやかに笑う。 そして目を閉じ、椿の唇に―― 「え、えっ!? ちょっと、待っ……」 触れるか触れないかというところで、すっと離れた。 「嘘だよー。……って、本気にしちゃった?」 「……意地悪、しないでください」 これでは、いちいち動揺している自分が馬鹿みたいだ。 すっかり紅潮した顔を隠すように背ける。 その椿の頭を宥めるように撫でる半兵衛。 「椿が可愛いからいけないんだよ」 「もう冗談はいいですよ」 「えー? これは冗談じゃないんだけど……ま、いいや。まさかこんな青空の下で襲うわけにもいかないしね」 最後の言葉に耳を疑う暇もなく、半兵衛は椿の耳元で囁いた。 「今夜、続きしてあげるよ」 「え……? あの、それって」 「やだなあ、これ以上言わせる気? こういうときは笑顔で、はい! って言えばいいんだよ」 「……っ不埒です、半兵衛様」 思わず、徳川の姫の口癖を真似る。 「あれ聞こえないなー。俺耳遠くなったのかなー?」 今宵は楽しめそうだと笑う半兵衛に、恨めしい視線を送ってみるが、あまり効果はないようだ。 何食わぬ顔でお茶を飲み干す半兵衛。 ぷはあと一息ついて、椿に聞こえないよう小さな声で呟いた。 「そもそも、口についてるっていうのも嘘だったんだよねー」 2011/08/13 ← |