ある昼下がり、三成の自室を訪れた椿。

「三成様。……三成様? いらっしゃらないんですか?」

返事がない。しばらく迷った挙げ句、椿はそっと襖を開けてみた。

「失礼いたします。……あら? 誰もいない」

つい先刻までは自室にいたはずなのに。
……厠かしら?
また後程伺おう、と踵を返す。その時ふと、あるものが目に止まった。

無駄なものなど一つとない洗練された部屋に、無造作に立て掛けられている扇。
赤と白の配色、大きく書かれた大一大万大吉の文字。三成の武器である鉄扇だ。

これから磨く予定なのだろうか、出しっぱなしのそれは煌々と存在を主張している。

頭に浮かんだのは、戦場で軽々と扇を振り回す主の姿。

こう見てみるととても重そうだが、実際は片手で持てる程度の重量のはずだ。

「少しだけなら……」

勝手に触ることに抵抗はあったが、好奇心には勝てなかった。言い訳じみたことを呟きながら、扇に手を伸ばす。

「……あれっ。意外と、重い……」

持てないことはないが、思っていた以上にずっしりとした重みを感じる。

敵を潰すようにして上から振り下ろせば、かなりの威力になるだろうが、これを振り回すには相当の腕力がいるはずだ。

振り回すどころか優雅に舞っている三成の体は、どちらかと言えば細身。

「着痩せ……?」

椿は腕だけ筋肉質な三成を想像して、あまりの違和感に激しく首を振った。


――それからは、ことあるごとに三成の二の腕をじっと見つめてみたが、三成に悪寒が走るだけで、扇の謎が解明されることはなかった。



「……あの、三成様」

「なんだ」

「その扇、三成様が持った時だけ軽くなるんですか?」

「は?」

後日、こんな会話が交わされていたとかいないとか。


2011/08/12


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