夜空に輝く月の下――城内を千鳥足でさまよう人影がいた。


「よーお頭デッカチぃ! 今清正と呑んでんらけどよぉ、一緒にどうらぁ? うぃーっく……」


まだ宵の口だというのに、泥酔した正則が通りがかった三成の肩に寄りかかる。
顔にかかる息が酒臭い。うんざりした表情の三成は、煩わしそうに正則の手を払った。


「俺はもう寝る」

「なんらとぉ? せぇっかく誘いに来てやってやってんのによお……少しは付き合えってんだよぉ」

肩を掴まれ、三成は再度振り払い、正則を睨みつける。


「馬鹿に付き合う暇などないのだよ。勝手にやっていろ」


冷酷に言い捨て、正則を横切る三成。その背中に向かって、正則は地団駄を踏みながら大声で喚いた。

「馬鹿っつー方が馬鹿だっつうのばぁーか! ……ひっく、もう誘ってやんねぇかんなぁ!?」


むしろその方がありがたい。三成は背後から聞こえる怒声を無視し、自室の寝間へと向かった。





――読んでいた書物を閉じ、そろそろ休もうと三成が体を起こしたその時、控え目に名を呼ぶ声が聞こえた。


「三成、様……?」



「……椿?」


襖を開けてみると、やはりそこには椿が立っている。

「なんの用だ。こんな夜更けに」

「あー、良かった、起きてたんですねー……」


妙に途切れ途切れな、間延びした喋り方。三成を見上げる目はとろんと潤み、顔が紅潮している。
――様子がおかしい。



「……貴様、酔っているな?」

「酔ってないですよ? なんだか、ふわっとして……眠れないんです」


椿は普段から酒は呑まない。以前、苦手だとも言っていた。

それが、何故……。

先刻絡んできた飲んだくれが、三成の脳裏によぎる。


「あのクズに呑まされたか。清正は何をしている?」

「清正様も、正則様も、そのまま寝てしまわれました。……ふう。なんだか、暑い……」


おもむろに寝間着の胸元を緩める椿に、三成は目を疑った。


「馬鹿、そこで脱ぐな! っとにかく入れ!」

椿の腕を掴み、部屋に引き込む。


襖をぴしりと閉めてから、誰かに見られていないかと不安になる。
そもそも、椿はこの無防備な寝間着姿で酒の席にいたのだろうか。

こんなことになるのなら、俺が正則の誘いに乗っておけば……。

三成は小さく舌打ちした。

「何故俺が悩まされなくてはならんのだ……」


眉間にしわを寄せる三成を見上げて、椿は申し訳なさそうに下を向いた。

「……ごめん、なさい。自室に、戻りますね……」


くるりと三成に背を向けた瞬間、椿の視界がぐにゃりと歪む。気づけば、床にへたり込んでいた。

「……這って行くつもりか?」

「いえ……。あれ? 力が入らな……よいしょっ、と」


やっと立ち上がり、襖に手をかける椿の足元がふらつき、倒れそうになったところを、三成が咄嗟に抱き留めた。


「しばらくここにいろ」

「でも……」

「……そんな格好で出歩くな」


先程から胸元が大きくはだけ、後ろから抱きすくめている状態のため、艶めかしい谷間が三成の視界にちらつく。

嫌でも意識してしまい、三成は顔が赤く染まるのを隠すために片手で自らの口元を覆った。


「ごめんなさい……」

「何故謝る」

「三成、様は……酒に呑まれる者は嫌いだと、仰っていたので……」

「…………」

「あの、三成様。私のこと……どうか、嫌わないでくださっ……」

言葉を吸い取るように、三成は椿の唇に自らのそれを重ねた。

そのまま椿の体を正面に向き直らせ、さらに深く口付ける。


「っはぁ……、三成様……?」

ようやく解放された椿は、わけもわからず、ただ肩を上下させて三成を見つめた。
三成は、呆れたように笑いを零し、椿を抱き寄せる。


「……貴様は、とんでもない大馬鹿だな」

「え?」

「俺が、お前を……。椿を嫌うと、本気で思ったのか?」


こんなにも、焦がれているのに。


「三、成様……」


椿は静かに腕を回し、三成をじっと見上げる。
乱れた髪、着衣。薄紅色に染まる頬。濡れた目元と唇が、三成をさらに欲情させた。

今まで必死に保っていた理性が、音を立てて崩れ落ちる。

首筋にそっと口付ける。椿が僅かに反応を示したのを合図に、三成は椿の体をゆっくりと押し倒した。

椿の右手に指を絡ませ、鎖骨までつーっと舌を這わす。


「……椿。椿?」

帯に手をかけたところで、違和感に気づいた。
握っている手の……、それどころか、椿の全身の力が抜けている。

「おい……っ!?」


顔を覗き込むと、椿は安らかな表情で眠りこけていた。
規則正しい寝息が聞こえる。

……酔っている女に手を出した罰だろうか。
三成は熟睡する椿から体を離し、己の情けなさに酷く落胆した。


2011/08/09


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