世界が音をたてて崩れ落ちていく夢を見た。

最初はがらがら、次にはぱらぱら、そして最後にははらはらと。様々な色に彩られていた世界はまるでパズルをひっくり返したかのように、線を刻んで崩れ落ちていく。

その様子を、私は遠くからただただ見つめていた。声を出すことも、身動きも、呼吸すらできないままに。夢独特の嫌な浮遊感に身を任せながらそうやって、世界の終焉をたった一人きりで見つめている、そんな夢を。




ぱち、と目を開ければそこは壁や天井、さらには身の回りのものまで全てが白に染まっている空間だった。

ここはよくある保健室の一部だということを頭では分かっているはずなのに、その景色はまるで今見た夢の最後の結末のように思えた。そこにさらに輪をかけて授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。そしてそれがなおさら世界の終焉を告げる鐘の音として、私のその思考を一心に促進させてしまった。

目の前に広がるその光景から目をそらしたくなって、耳を塞いでしまいたくなって、かけてある布団を頭の上まで持っていってその中で丸くうずくまる。本当ならもうこのベッドを出て教室に戻らなければいけないのだけれど、なんとなくそんな気分にはなれなかった。

すると、キィ、とドアが開いて、それから上履きが床を擦る音、最後にはシャッとカーテンが開く音が聞こえる。

「ゆき、起きてるか?」

聞き心地のいい温厚で柔らかな響きのある声が私の名前を呼ぶ。その声の主を私が間違えるはずもない。かけたばかりの布団を目元まで降ろしてみれば、そこに映ったのは私の大好きな、大好きな人。

「うん、起きてるよ」

「お前、大丈夫か?授業抜け出すくらいなんだし、もう帰ったほうがいいんじゃないのか……?」

目の前の彼が心配そうに私を見つめながらそう問いかけた。……というのもそれは、私がついさっき終わったばかりの授業の途中に急にお腹が痛くなって教室を出てしまったからで。

「ううん、平気」

憂鬱な気分のままそう答えると、彼はよかった、と言ってふわりと笑う。

その瞬間に、今見たばかりの夢の光景が頭をよぎった。世界の終焉の夢。もし近い未来、それが本当に起こってしまうのだとしたら、彼とはもう永遠に――――――。

「……っ」

もしそうなってしまったら、最期の瞬間は彼と一緒にいられるのだろうか?いや、最期だなんて考えたくない。世界の終わりなんて起こってほしくなんかない。なんの特徴もないへんぴな世界だけれど、この世界が大好きだから。同時に彼のことも、彼の笑顔も大好きだから。それが終わりを迎えてしまうなんて、そんなこと。

けれどそれは、私が見た夢のお話。何年も、何百年も先の未来のお話で、今から深く考え込みすぎてしまっている、ということは分かっていた。が、自然と、とめどなく流れ出てきてしまった感情の波は容易には止まってくれなくて。

「おい、どうした!?なんで泣いて……やっぱり具合がよくないんじゃ……」

先ほどの笑顔から一変、手を宙に彷徨わせながらおろおろと慌てだす彼を目の前に、私は小さく掠れた声を喉から無理やり絞り出して、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「夢を見たの。世界が、どんどん崩れていく夢……。今すぐに起こるって訳じゃないのに、怖くなって。そのとき私はキミの隣にいられるのかな、キミは笑顔でいてくれるのかなって……でもそれよりも」

世界が終わっちゃうなんて、嫌だよ……。何度も何度もしゃくりあげながらそう言うと、彼は一瞬面食らったように目を見開いて、それから短くため息をついて笑った。なんで笑うのと訴えかけると、その目で私を優しく見据えた彼が再び私の名前を呼ぶ。

「ゆき」

その声色は、普段の彼からは想像もつかないような、少し息の混じった甘い甘い声で、少しだけ私の心臓が跳ねた。

同じ声色のままで、彼は言葉を続けていく。

「お前の見た夢の光景は、確かにこの先見ることになる景色だと思う。けど、お前も言っていたように今すぐに起こるわけじゃないだろ?……もし近い未来、俺たちが生きているうちにそれが起こっちゃうって言うなら俺は、必ずお前の傍にいる。最期の瞬間は必ずお前の隣で笑ってるよ」

でも今はそんなこと考えなくていいんだ。今は今を楽しく生きればいい。今この瞬間を後悔しないように生きていけば、本当に世界が終わりを迎えるその最期の瞬間に、笑顔でいられるはずだから。

「だから泣くなよ、ゆき。お前は笑顔でいる時が一番可愛いんだからさ。な?」

そう言って彼は小さな子供みたいな私をあやすかのようにゆっくりと私の頭を撫でた。いつもと変わらない、私の大好きな笑顔のままで。

「うん、ありがとう」

そうだ。彼の言う通り、今は今を楽しく生きればいい。もし仮に世界が終わってしまうその時は、きっと彼が側で笑っていてくれる。

だから、今は。

「あ、そろそろ時間だ。俺はもう教室に戻らないと」

「え、もう?」

壁にかかった時計を見やった彼がそう言うので私も同じほうを向くと、もうその針は次の授業開始時刻の三分前を指していた。いつの間に、そんなに時間が経ってしまっていたのか。

「お前はどうする?」

「うーん……私はもう一度眠りたいかな」

彼の言葉を聞いたら安心してなんだかまた眠くなってしまって。

「そっか。じゃあ、また授業終わったら迎えに来るから」

「うん」

だから、もう一度だけ眠ろう。今度はきっと幸せな夢を見られるはずだから。

じゃあな、と言って保健室を出ていく彼を見送って、私はもう一度目を閉じた。






終焉トロイメライ
―キミが隣で笑っていてくれるなら、どんな結末でも笑っていられるんだ。きっと―






――――――
かなりお久しぶりの一次創作でした!




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