俺の先輩 | ナノ

俺の先輩


「シズちゃんさ、本当に大学行く気あるの?まあ、どの道シズちゃんじゃあ、今更やる気を出したところで、この分だと、俺の大学になんて到底行けそうもないけどね。」


これが、俺が高校三年のときに言われた、臨也…先輩なりの激励の言葉だったというのだから、驚きである。


臨也…先輩とは、俺が高校に入学したての頃からの付き合いで、入学式の次の日の放課後、臨也先ぱ…臨也の幼なじみだという岸谷新羅を通じて、校舎裏に呼び出された。

臨也は校舎裏にある、昔使われていたのであろう古い朝礼台に腰掛けていた。
奴の端正な顔立ちは一瞬好印象を与えるが、俺にとっては薄気味悪いという印象しか与えない微笑を浮かべていた。

俺は暫くその顔を睨んでいたが、その終始、臨也は気味の悪い笑みを浮かべていた。
突如、奴はその薄く整った唇を開いた。


「やあ、初めまして。平和島静雄くん?」

「何の用すか…」

「いやあ、俺…気に入っちゃったんだよねえ」

「はあ?」


意味不明な発言をすると、臨也は朝礼台から降り、俺のすぐ傍までやって来ると、ずいっと顔を近づけてきた。


「…何すか」

「いいよ、俺には慣れない敬語使おうとしないで」

「そうか…」


俺が顔の近さに耐え切れなくなり、ふいっと顔を背けると、臨也は俺のことを聞き慣れないあだ名で呼び出した。


「ねえ、シズちゃん」

「…何だ、というか何だその呼び方は…」

「俺言ったよね、気に入ったって」

「無視かよ…どういう意味なんだ、それは…」

「そのままの意味だよ?君が気に入った。俺と付き合わない?」

「意味分かんねえ!」


俺は背中に悪寒が走る感覚がした。そして、居ても立っても居られなくなりその場から逃げ出した。


「直に分かるよ…君はきっと俺を好きになる」


臨也はどんな根拠でそんなことを言ったのかはさっぱり分からないが、俺はどうしてか臨也の言う通りに、奴を好きになってしまった。


しかし、それに気付いたのは高一の秋。

俺は気付いたその日に告白し、臨也は二つ返事でオーケーしてくれたが、臨也は俺よりも二歳年上の高三だったのだ。


臨也は持ち前の頭の良さ、眉目秀麗な顔立ちによりで特に受験勉強をすることなく、推薦入試で難関大学に合格したらしい。

…全く、本当に存在が嫌味な奴だと思う。

そのまま奴は、俺を置いてすんなり卒業していった。
当たり前の話だが、俺は高一で臨也は高三なのだから、奴は先に卒業してしまう。
仕方ないことだとは分かっているが、やはり自分より先に卒業してしまうというのはさびしいものがある。

しかし、臨也は大学の単位だけ取ると、よく俺の勉強を見に来てくれた。
自分のことで忙しいだろうに、それでも毎日のように俺の家に来てくれるのは嬉しかった。


――そして、俺が高三になったばかりの頃。


「シズちゃん、そろそろ受験勉強した方が良いんじゃないの?」

「ああ、そうだな…」

「シズちゃんって大学行けるの?」

「…行けなかったら、フリーターにでもなって就活するしよ」

「困るよ、シズちゃんには俺と同じ大学に行ってもらわないと」

「は?」


臨也が行っているのは、都内でもなかなかランクが上の私立大学だ。
彼は俺にもその難関大学に行けというのだ。無理難題も甚だしい。


「いや、無理だろ」

「何でやってもないのに無理って言うの?」

「でもよお…」

「ふーん…シズちゃんは俺と同じ大学行きたくないんだ…」

「そんなことは…」


俺だって行けるものなら臨也と同じところに通いたい。臨也となるべく近いところに居たい。


「だったら、頑張ってよ」

「…ん」

「じゃあさ、シズちゃんが俺と同じところ受かったらさ」

「受かったら?」

「シズちゃんの願いをひとつだけ叶えてあげよう!」


俺はその餌と臨也の指導とで、高三の三月―卒業式を終えた後、何とか補欠合格できたのだ。


その年の春、桜並木を通って入学式会場に向かう。高校の入学式とそう変わらないような風景だ。

変わっているのは歩いていく人たちの格好と、目の前で待ち構えている恋人の表情だった。


「入学おめでとうシズちゃん、補欠合格だったけど、シズちゃんにしては頑張ったよ」

「手前はいつも一言多いんだ」


臨也は人目も気にせず、歩いてきた俺の手を引っつかむと、そのまま人気の無いところまで引っ張って行った。
臨也に連れてこられたその場所は、桜の木々が生い茂っており、所々に木陰が出来ていた。


「…それで、シズちゃんの願いは何?」

「それ、ここで言わなきゃダメなのか…?」

「なに、公共の場では言えないようなこと企んでるの?シズちゃんのえっち」

「なっ…別に、そこまでは考えてねえよ!」

「じゃあ、なに?」

「…っ!」


そんなに厭らしいことは考えていないと言い張る静雄の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。


「ふう…分かった。じゃあ、帰ったら聞くからね」

「…おう」


短めの入学式を終え、静雄の住んでいるアパートに帰ってきた。
臨也は予め合鍵をもらっており、先に帰って静雄のアパートで夕食の準備をしていた。


「おかえり、シズちゃん。ご飯にする?お風呂にする?それとも俺?」


新婚には定番とされる台詞を言ってのけると、臨也は出会った当初のような薄気味悪い笑いではなく、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「…手前」

「あ、今日の晩御飯はカツ丼だからねえ」

「手前が欲しい…」


臨也のスルーにもへこたれず、珍しく積極的な発言を繰り返す。
まさか奥手な静雄がそんなことを口にするなんて思ってもいなかったので、目を見開いて驚いていた。


「え、なに?シズちゃんのお願いって…そういうことなの?」

「いや…それはまだ、早いというか…」

「じゃあ、なに?いい加減教えてくれる?」


臨也が問い詰めると、静雄はまた耳まで赤くして俯いたまま、すごく小さな声で答えた。


「…っ…キス、してえ…」

「えっ…ああ、まだしたことなかったね…いいよ」


臨也は目を軽く閉じ、唇を少し開くと静雄の方に顔を向けた。
しかし、超が付くほどの奥手である静雄がそう簡単にキスなんて出来るはずもなく、自分から言い出したくせにどうしようか迷っていると、臨也は待ちきれなくなり、目をぱちりと開けると静雄の首に腕を回し口付けた。


「…っ」

「どう?」

「ど、どうって…」


臨也は、まだ心の準備が出来ていないうちにされたキスに戸惑い、またもや耳まで真っ赤になっている静雄の耳に舌を這わせる。


「それで…」

「あ…?」

「…続き、する?」

「なっ…」


今までにないほどに動揺している静雄を見て、内心可愛いなと思いながら、耳から舌を離した。


「じゃあ、シズちゃんの童貞脱却はまた今度ね」

「は、あっ…!?」

「今日は俺じゃなくて、ご飯食べてね」

「…おう」


今は完全に静雄は臨也に尻に敷かれているが、果たして静雄が主導権を握る日は来るのだろうか?いや、臨也が年上である限り、永遠に来ないのであろう…

静雄と臨也が心身ともに結ばれるのは一体いつになるのか、悶々と過ごす二人の夜はもうしばらく続くのであった。





END.



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