嘘つき達のクリスマス | ナノ

嘘つき達のクリスマス


12月25日――クリスマス。

それは、かつてイエス・キリストの降誕を祝うキリスト教の記念日であった。

しかし現代では、キリスト教徒でもない日本人が、恋人や家族と過ごす、重要なイベントになっている。


その流れに反して、俺―折原臨也は、恋人でも家族でも友達でもなく、年上の…しかも極道と言われる部類の人間と、高級レストランで食事をしていた。

個室での食事だったため、他人の視線を気にせず、それなりに彼――粟楠会幹部の四木さんとの食事を楽しんだ。


「四木さん、どうして今日に限って食事に誘ってくださったんですか?しかも、ドレスコードで引っ掛かるからって、こんなスーツまで見立ててくださるなんて…クリスマスだからですか?」

「ええ、せっかくのクリスマスですし、いつも色々とお世話になってますからねえ…まあ、そういう事にしておきましょうか。」

「何か裏がありそうで、とーっても怖いんですが」

「まさか。ただの好意として受け取ってくれませんかねえ」

「分かりました。四木さんを敵に回したりしたら、後が恐ろしいですし」

「折原さんが飼い主の手を噛もうとせず、忠実な犬でいてくれたら、そんなことにはなりませんよ。」

「肝に銘じておきます」


食事の帰り、冗談か本気か分からないような会話を交わしながら、四木さんの用事で池袋に寄ることになった。

俺としては、いつものコートではないために、ナイフを所持しておらず丸腰なので、出来ればそのまま新宿に帰りたかった。

しかし、四木さんによって、半ば強制的に連れて来られてしまった。

食事をおごってもらい、服まで見立ててもらった手前、勝手に帰るなんてことは流石に許されないだろう。

幸い、四木さんの車での移動だったので、見つかることはないと思うが、万が一見つかったりしたら、四木さんに迷惑が掛かる。
仕事のお得意様なので、あまり関係が悪化することは避けたい。

そんなことを考えてる間に、車が赤信号で停止した。

ふと窓の外を眺めると、恋人や友達とクリスマスを楽しんでいる人の姿が目に飛び込んできた。

その中に一際目立つくすんだ金髪を見つけた。


(げっ…シズちゃん!こんなところで見つかったらマズい…!)


「どうかしましたか、折原さん」

「いえ、何でもありません。」

「何でもないようには見えませんが…顔色が悪いですよ」

「そんなことありませんよ。すみませんが四木さん、この後まだこの近くで仕事があるので、これで…」

「分かりました、ではそこまで送っていきましょう。」

「ありがとうございます。でも、すぐ近くですから…」

「そうですか…でもな、人の好意は素直に受け取るべきだ、クソガキ」

「今度からそうしますね。それでは失礼します」

「ええ、また」


赤信号が変わる前に車から降り、信号が青に変わって、車が走りだすまで、微笑を浮かべて軽く手を振った。


「嘘つきですねえ…折原さん」


四木さんと別れ、彼の車が見えなくなるまで見届けて、それから人気のない路地へと走った。
すぐ近くでシズちゃんを見かけたので、早く池袋から離れなければ、自分の身が危ないと感じたからだ。


「おい」


その声を聴いた瞬間、恥ずかしいことに、表には出さなかったが、心臓が飛び出そうなほど驚いた。
たった今、見つかるまいと思っていた相手に背後から声を掛けられたのだ、普通の人間なら驚くだろう。


「やあ、シズちゃん。こんなところでどうしたのかな?」


俺は振り返り、さっきの驚きで声が震えないように気をつけて返事をすると、彼はいつもより増して機嫌が悪そうに言う。


「…手前こそ何してやがる、慣れねえ格好して」

「別に何もしてないよ。これから帰るところ」


嘘はついていない。
むしろ君から逃げる途中でした、なんて今の丸腰の状態では口が裂けても言えない。


「…け」

「ん?なあに?」


決してからかって聞き返しているのではなく、事実、彼は目の前の俺にさえ聞こえないくらい小さな声で、何かを言ったのだ。


「嘘つけ…っ!!」

「どうしたの?シズちゃん…今日の君は、君らしくないねえ。俺に対してその怒り方、実に人間らしい。その様子だと、俺に何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「っ…ねえよ!!」


おそらく、いや完全に図星だったのだろう。
誰の目から見ても明らかなほどに、彼は動揺した顔を見せた。
これはチャンスと言わんばかりに、俺はそこに付け入る。


「シズちゃんこそ嘘つきなんじゃないの?何か言いたそうにしてるけど、それを隠してる。俺に対してじゃなく、自分に対して嘘を吐いていることになるんじゃないのかな」

「…うぜえ!」

「そう怒らないで。何か聞きたいことがあるのなら答えてあげるからさ。今日はクリスマスだから、特別にね。」


静雄は罰の悪そうな顔をして、口を開きかけたが、すぐに真一文字に結んでしまった。


「いい…っ」

「えっ?」


一言吐き捨てるように呟くと、彼は踵を返し、人混みへ戻っていこうと歩き出す。


「待ってよ、シズちゃ…」


彼の腕を掴み、こちらを向かせると、そのまま彼の顔が目の前に迫ってきて、口を塞がれた。


「んっ?!ひょっ…ひふひゃん…っ!」


離れようと必死にもがくけれど、彼の手が頭と腰に回っていて、容易には外れない。

そのうち彼の舌が侵入してきて、俺の口内を犯す。
されるがままになっているのも癪なので、俺からも舌を絡めると、だんだんと深くなっていった。

ようやく離れたと思う頃には、互いに息があがっていた。


「はあ…っ、ホント…どうしたの、シズちゃん」

「…何でもねえ」

「何でもなくてキスするんだ?シズちゃんは」

「違っ!」

「じゃあ何?」


しばらく抵抗を見せてから、彼は渋々口を開いた。


「……今日、手前…誰といた?」

「え?ああ、粟楠会の人だよ。食事に誘われたから行っただけ」


俺の言葉を聞いて、何だかシズちゃんの表情が明るくなってきたようだ。


「…もしかしてシズちゃん、焼き餅妬いたの?」

「なっ…」

「その様子だと、妬いたんだね」

「……。」


耳まで赤くして俯く彼は可愛らしく見える。
180cm超えの男を捕まえて可愛いなんて言うもんじゃないが。


「しょうがないなあ…ほら、行くよ」

「は?どこに…」

「決まってるでしょ、デート。夜はまだまだ長いんだから。あ、もちろんシズちゃんの奢りで」


彼の手を掴んで歩き出せば、後ろから戸惑う声が聞こえてくる。
振り向けば、まだほんのり赤みがかった頬が目に入る。



今日はクリスマス。

恋人でも家族でも友達でもなく――愛らしい喧嘩相手と過ごすのも悪くないだろう。





END.



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