Trick and Treat! | ナノ
Trick and Treat!
コンコン!
古びたアパートの一室に小気味好いノックの音が響き渡る。
滅多に鳴らないためか、もしくはドアを叩いているこの部屋への訪問者の機嫌の良さのためだろうか、その音はどこか嬉しそうに聞こえた。
「誰だ?」とその音を鬱陶しげに聞いていたのは、この部屋の主である平和島静雄である。
コンコン!
静雄がなかなか出てこないので、訪問者はなおも扉を叩く。
その音がよりいっそう静雄の機嫌を損ねていく。
「ああ…うぜえ」
どすどすとあからさまに不機嫌さを表現して、静雄はドアノブを回した。
ガチャ…
「はい、どちらさ…」
「Trick and Treat!」
「は?」
静雄がしぶしぶ玄関の扉を開けると、そこには宿敵にして最も忌み嫌う相手、折原臨也がにこにこと薄気味悪い笑顔を貼り付けて待っていた。
そして、目の前の扉が開き、家主の顔が見えた途端、ハロウィンによく耳にする言葉を、部屋から出てきた静雄に投げつけた。
「手前、何言ってやがる…」
「何って…いくら高校時代の英語の成績が10段階中2だったシズちゃんでも、これくらいは分かるでしょ?今日何の日か知ってるよね?10月31日…ハロウィンだよハロウィン!だからTrick and Treat!」
「そこじゃねえよ、『and』じゃなくて…『or』じゃなかったか?」
英語には少し自信がなさそうな口ぶりだが、確かに静雄が言っていることは合っている。
しかし、英語があまり得意ではなかった静雄でも分かる間違いを、成績がオール10だった臨也がするはずがない。
「やだなあ。何で俺がわざわざ二者択一しなきゃいけないわけ?お菓子か悪戯か…どっちも欲しいし、どっちもしたいじゃない」
「ノミ蟲のくせに欲張りだなあ?臨也君よお…」
「化け物のキミに言われたくないなあ」
「じゃあ、手前は自分が人間だなんて思ってんのか」
「俺は人間だよ、人間を愛する人間」
臨也はただ楽しそうに、それこそ新しく買ってもらったおもちゃを自慢するただの子どものように、自分の価値観を目の前の喧嘩相手にひけらかす。
その様子に静雄は苛立ちながらも、自分の沸点に到達してしまわないよう必死に耐えていた。
なぜなら、今居るこの場所は自分の住んでいるアパートで、今までも散々近所の家に迷惑をかけていたので、また問題を起こせば、次こそ追い出されると思ったからだ。
それどころか静雄にかかれば、アパートさえ一瞬で壊れてしまうだろう。
そうなれば、追い出されるどころか、住むところ自体がなくなってしまう。
だから、静雄は沸点の低い自分の怒りを死に物狂いで抑えている。
今すぐにでも殺してやりたい相手を目の前にして。
「…それで、結局手前は何しに来たんだあ?用がねえなら帰れ」
「酷いなあ。シズちゃんが俺にお菓子をくれて、俺がシズちゃんに悪戯したら帰るよ」
「やらねえし、しなくていいから帰れ」
「えーそんなの、つまらないじゃない」
「知るか。つまらなくていいから帰れ」
臨也は一旦口を閉じて、少しの間考える素振りを見せると、「分かった」と了承した。
「じゃあ、さっさと用事済ませて帰るよ」
「…それで用事は?」
「シズちゃんと愛し合うこと」
「……あ゙あ゙?!意味が分かんねえ!」
静雄は本心からそう思っていた。
いつも殺そうとしている相手から、そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだ。いや、むしろ、予想できる方がおかしいのだろう。
そんな静雄の言葉を聞き流し、自分の考えを主張し続ける。
「今日は俺の愛する人間も、化け物の格好をするわけだから、ふだんは人間の格好をしている化け物も、愛してあげるよ」
「はあ?何言ってやが…」
臨也は自分の言いたいことだけ言い終えると、静雄の言葉を無視し、コートのポケットの中からお菓子の包みのようなものを取り出すと、飴のような形状のモノを自分の口に放り込んだ。
そしてそのまま静雄の唇に自分のそれを押し付けた。
「…っ…てめ」
静雄が口を開いた瞬間、臨也は自分の舌を彼の口へとねじ込み、絡ませると、自分の口の中にあったモノを押し込んだ。
臨也がそれを舌で奥まで押し込んでくるので、静雄はそのまま飲み込んでしまった。
「なに、飲ませた?」
「シズちゃんが俺と愛し合いたくなっちゃう薬」
「なっ…」
臨也の言葉に文句の一つでも言ってやろうと思ったが、即効性のある薬だったのだろうか、反発する余裕も無くなってきていた。
「愛してるよ、シズちゃん…今日だけは」
「ふ、ざけ…んなっ」
「だから…今日だけは、愛し合おう?」
また明日には喧嘩の毎日が始まってしまうのだから…
今日だけ、今だけは…
“Trick and Treat…”
『お菓子も欲しいし、イタズラもしたい』
『うぜえ…』
『えーじゃあ…』
“お菓子あげるから、イタズラして?”
END.
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