抱きしめたって、 | ナノ

抱きしめたって、


「臨也あああ!!」


俺を呼ぶその掛け声とともに、自販機が宙を舞い、俺が居る方へ向かってくる。
俺はそれをひらりとかわす。

その自販機を投げつけてきたのは、平和島静雄。

池袋最強と謳われる男だ。
とんでもない怪力の持ち主で、俺には到底人間だとは思えない。

俺は人間を愛している。
つまり、平和島静雄は俺の愛する人間の中には入らない。
だが、それとは別に俺は彼を愛している。

俺は彼をシズちゃんと呼んでいる。
しかし彼はそのあだ名が気に入らないらしい。
せっかく俺が親しみと皮肉を込めてつけてあげたのに…


おっと、そんなことを思い返している間にシズちゃんが追いついてきた。


「やあ、シズちゃん!相変わらず不機嫌そうだね。綺麗な顔が台無しだよ?」

「うるせえ!死ね!!」


シズちゃんからの罵声が浴びせられる。


「死ねとは酷いなあ、俺はシズちゃんを愛しているのに」

「うぜえ、俺は手前が大嫌いだ!」


どんな暴力よりも強く、酷く俺に衝撃を与えるシズちゃんの言葉。

それらの言葉が俺の心臓を貫いていく。
貫かれたと同時に何か、温かいものが頬を伝う


――涙だ。

それを見た瞬間、静雄はサングラスの奥に動揺の色を見せる。

俺はそれを見逃さなかった。

殺気が消えたその一瞬に、俺はシズちゃんに思いっ切りタックルし、体勢を崩し倒れた彼の腹の上に馬乗りになった。


「なっ…」


突然の出来事に、驚き焦った彼の声を耳にした。
そんな彼の声を無視して、声を掛ける。


「ねえ、シズちゃん」


声を掛けると同時にコートの隠しポケットからナイフを取り出すと、静雄のほうにナイフを向け、言葉を続けた。


「シズちゃんは、俺が嫌いなんだよね?」

「ったりめえだ!早く退きやがれ!!」

「そう…」


静雄の返答を聞いて悲しそうな表情をした後、ナイフを静雄の方に向けたまま、顔を下に俯ける。

次に臨也が顔を上げたとき、彼は信じられない行動に出た。


「じゃあ、殺したっていいよね」

「は…?」

「君が嫌う…俺なんて!」


臨也は自分の首にナイフをあてた。
それから、臨也が徐々に力を入れると、数滴の血液が静雄の腹の上に落ちた。


「良かったねえ、シズちゃん…特別に君が大嫌いな俺が死ぬところを見せてあげるよ」


予想外の出来事に静雄は動けずにいたが、臨也の血を見た途端、彼の手を掴み、地面に押し倒した。


「っ…なに?シズちゃ…」

「何してんだ、手前…」

「シズちゃんのために死んであげようとしたんだけど」

「なんでそれが俺のためなんだあっ!?」

「…なに、怒ってんの?」


「手前を殺すのは俺だ。勝手に死ぬなんて許さねえ」

「…いよ」

「あ?」

「酷いよ!シズちゃんは…!」

「臨也?」

「だってさ、俺はこんなにシズちゃんのこと愛してるのに…!でも、シズちゃんに嫌われ続けるのはもう辛いから…だから死にたいのに。なんで、死なせてくれないの…?俺を殺すのはシズちゃんだって言うなら…今ここで殺してよ」


そのとき漸く理解した。
ああ、コイツはずっと辛い思いをしていたんだ、と。
いくら表面で強がっても、中身はとても弱くて…
だったら、

――愛したっていいじゃないか


コイツと出会ったときからずっと気に入らなくて、いつも喧嘩ばかりで…
でも、

――許したっていいじゃないか


結局コイツは、俺に相手にされたいためだけに、俺にいろいろ仕掛けたり、嵌めたりしてたんだよな…

殆どは許されるようなことではないが…

コイツの想いの深さを目の当たりにした今、許さざるを得ない。
と言うよりも、俺が許してやりたい。

俺が苦しめられてきた間、コイツは俺以上に苦しんできたのかと思うと。
だから、

――抱きしめたって、いいじゃないか


強く、強く…
壊れてしまうくらいに


「シズちゃん…?」

「…ごめんな」

「え、なに…?」


俺は近くに居ても聞き取れないほど小さく謝った。


「死ぬなんて言うな」

「…でもシズちゃん、俺のこと嫌いなんでしょ?」

「嫌いだ、だけど…これからの手前次第で愛してやってもいい」

「ほん、とに…っ?」

「ああ」


コイツのこんな安堵した顔を見るのは初めてだった。

コイツはただ、存在を認めてほしかっただけなんだ。


――愛されたかっただけなんだ。

なら、愛してやろうじゃないか。
コイツが嫌がるほどに、
深く、深く…





END.



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