奪われちゃった…!〜前編〜 | ナノ

奪われちゃった…!〜前編〜


突然、シズちゃんにキスされた。

俺は驚いて、恥ずかしくて、咄嗟にあの場から逃げるように飛び出してきた。
今も特に目的もなく走り続けている。


どうして、静雄がそのような行動に出たのか、臨也には見当もつかなかった。
ただ話をしていて、話の核心に触れようとしたら、口を塞がれた。

その事実を思い返すことしか出来なかった。


そして、臨也自身とても混乱しているので、そこから静雄のとった行動の理由をまともに考え出すだけの冷静さを、保ってはいられなかった。


(なんで…どうして?全く意味が分からないよ!本当に意味不明な行動をとってくれるよね、シズちゃんって!!)


しばらく走ったところで、ドタチンが自販機の前に居るのが見えた。
俺は、思考がついていかない頭でドタチンに声をかける。

自分では、どうしてこんなことになったのか、これからどうすれば良いのか、分からなくなっていたから。


「ドタチン…」

「っ…臨也、どうした…?」


門田は、先程のこともあって、動揺を見せるも、目の前の人物の様子がおかしいことを悟り、その旨を尋ねた。


「ドタチン、あのさ…」


***


キィー…


臨也が飛び出していった屋上の扉が開く音が聞こえた。

振り返ってみると、小学校の頃からの知り合いである岸谷新羅が不思議そうな顔で立っていた。


「静雄?何かあったの?」

「あ?何かって、何が?」

「今、僕が質問してるんだけど…まあいいや。」


相変わらず人の話を聞かない静雄の性格はよく分かっていたので、勝手に話を続ける。


「さっきさ、僕が階段上ってきたときに、臨也がものすごい勢いで下りていったんだよ。またいつもの君たちの喧嘩かと思ったら、君は臨也を追い掛けていない。臨也の方は余裕なさそうだったし…」


新羅は臨也程ではないが、人の変化には鋭い。

そこまで本格的なことはしないが、バイト感覚で闇医者のようなことを始めてから、人をよく見ているからだろうか。

いつも新羅には世話になっているものの、鋭すぎるのは時に困る。


「やっぱり、何かあったんでしょ?むしろ臨也に何かしちゃったのかな?」

「別に…」

「良いこと教えてあげるよ。静雄が『別に』って言うときは、決まって何かあるんだよ。やましいこととか…」

「そんなに殴られたいか」

「遠慮しておきます」


新羅は土下座しそうな勢いで、頭を下げ、数秒後に恐る恐る顔を上げた。


「でも、君たちの間に何かあったのは事実だろう?」

「それは…」

「とりあえず、話してみてよ。力になれるかもしれないからさ」


俺はさっきの出来事を多少オブラートに包みながら、事実だけを話した。


「なるほどね…つまり君は嫉妬したわけだ。」

「は?」


先程、自身で否定した可能性をあっさりと目の前の奴に確定される。


「だってそうだろ?男同士でキスしてたら普通は引くのに、それを見た君は臨也にキスしたんだろ。それはもう嫉妬としか言いようがないんじゃないか?」

「…そうなのか」

「よく分かってないようだから、もう一つ助言してあげよう。君は臨也のことをどう思ってる?」


「…嫌い、だ」

「そうかな?静雄は嫌いな相手にキスできるの?僕が知っている君はそんな人間には見えないけどなあ…」


「……あ」


嫌いな相手にキスできるか…異性なら、まあ出来る奴が居るかもしれないが、同性にしようなんて気は、相手に対する好意が無いかぎり起きないだろう。

新羅は溜息を一つ吐いてから、なおも俺を誘導する。


「少しは分かったみたいだね。それじゃあ、早く臨也を追い掛けてきたら?追いつくまでに自分の気持ちをしっかりと整理しておきなよ」

「…おお」


決心がついたのだろうか、静雄は一言告げると臨也を探しに行った。

扉が閉まる音がした後、ふと疑問を口にした。


「それより、何で臨也は門田君にキスなんかしたんだろうね…」


***


自販機の傍のベンチに座り、俺はドタチンに、屋上での出来事を話した。


「…というわけなんだけど…」

「そんなことがあったのか…」


ドタチンは何とも言い難いというような表情をして俺の話を聞いていた。

まあ、そうだよね。自分がキスされて、キスした相手がまた他の相手にキスされて…なんてややこしいんだろう。


「本当にシズちゃんってわけ分かんなくて、俺苦手だよ」

「そうか?俺は分かりやすいと思うが」

「…どこが?」


門田は言っていいものかと、一瞬戸惑った表情を見せた。


「…率直に考えれば、静雄がお前のことが好きだからキスしたんだろ?」

「俺はドタチンが好きだからキスしたよ?」

「はぐらかすな、お前のはただの気まぐれか嫌がらせだろ」

「さすがドタチン…でも、ドタチンのこと好きなのはホント」

「友達として、か?」

「うん」


ドタチンは頼りになるし、優しいから好き。


「静雄のことはどうだ?」

「シズちゃんは、友達じゃないし…今まで拒絶されてきたから、嫌がらせにしか思えない…」


シズちゃんはすぐ喧嘩になるし、俺の話を聞いてくれないから…嫌い


「…それがトラウマで、静雄を嫌いになりたいだけなのかもな」

「え?」

「だってそうだろ?相手は自分を嫌ってるのに、自分だけが好きになるなんて…お前のプライドが許さないんじゃねえか?」

「…うん」

「だったら、もう少し素直に捉えてみたらどうだ?」


「……分かった」


ドタチンの言うことなら、と渋々了承する。


「じゃあ、話し付けてこい!」

「え、えっ?」


ドタチンに強く背中を押され、前に倒れそうになりながらも立ち上がると、悩みの種である張本人が目の前に立ちはだかっていた。





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