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好きなもの、という括りは難しい。
裏を返せば嫌いなものが特に無いということになる。ああ、戦いはあまり好きじゃない。とは言ってもそれが本分のようなものだし、嫌いだから避けられるものでもない。逆に茶を飲むことは好きだが、ある意味日課というか習慣というか、体に馴染みすぎて今更取り立てて思うところはない。従って好き嫌いという判断は俺にとってとりわけ重要なものに思えなかった。
雨が好きだと彼女が言った。
上述通り、天気についても好き嫌いはない。晴れているならば晴れているように、雨が降っているならば降っているように。それぞれに風情があり、適切な過ごし方がある。晴れの日には短刀たちが岩融らと庭で遊んでいそうだなと思い、雨の日には光忠が洗濯物が乾かないと投げていていそうだなと思う。俺がどう思うかよりも、他の者達が何を思いどんなふうに過ごしているのかに興味があった。
彼女においては、なおさら。
彼女の目を通して見る世界、彼女の耳を通して聞こえる世界、彼女の口から語られる世界はいかほどの輝きを持っているのか。知りたいと思う。その欲求の源がどんな感情なのか俺にはよくわからない。俺は俺自身のことをあまり知らないのだから。
視線の先、雨が降り出す。
彼女に教えなくては。
小さく微笑んで彼女の部屋へと足を向けた。
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