▼ 04

その日の夜。先輩の部屋を訪ねた俺には一つ心に決めていたことがあった。
今日こそは絶対に誘いたいということだった。
こんなことを言うとそんなことばかり考えているのかと思われそうだが、実際そんなことばかり考えていたのだった。

そんな下らない一大決心をして先輩の部屋を訪ねた俺は、現在先輩と並んで映画を見ていた。先輩が西園寺さんからという借りてきたDVDで、少し前に話題になったアニメ映画だった。以前から先輩は時々こうして西園寺さんからDVDを借りてくることがあって、ただ正直今日だけは借りてこないでほしかったのだが、もちろん俺の勝手な事情なので何も言えるはずはない。
とはいえ内容はやっぱり話題になるだけあって面白く、映画が終わると先輩も伸びをしながら「面白かったなあ」と笑った。
一通り感想を話しながら機会を伺い、話が途切れたタイミングでそっと切り出した。

「元哉さん、あの」
「うん」

何と言えばいいかはいまだに悩むところだったが、昼間慎二さんとした話の中にありがたいヒントがあった。「普通に今日したいとか言う時もあるし、いきなり乗っかってくる時もあるし」というやつだ。
両方ともややハードルが高い気がしたが、「いきなり乗っかる」よりは「今日したいと言う」方がまだマシな気がする。たった五文字口に出せばいいのだ。
と思ったのだが、

「あの、今日……」
「ん?」
「し、……」
「え、何どうした?」
「……将棋しませんか」

たかが五文字、されど五文字。
そのハードルは、俺にはまだ超えられそうになかった。




久しぶりに将棋盤を広げ十数分後。
向かい側にいる先輩は、難しい顔で長考していた。

「あー……どうしようかな。金と銀どっち上げた方がいいと思う?」
「俺に聞きます?」
「いや、だって久しぶりだしさあ。ちょっと手加減してよ」
「まあいいですけど、俺ならそこ放っといてこっち攻めるかも」
「ああ、なるほど」

頷いた先輩は、俺が指さしたところに角を打つ。その綺麗な手つきを見ていたら、若干よこしまな気持ちが出てきてしまっていた。
いや出てきてしまっていた、というか正直だいぶ序盤からずっとそうだった。
こんなことを言うと怒られてしまいそうだが、将棋をしながらムラムラするのは初めてだった。
先輩の手を受けて歩を上げると、先輩は「うーん」とまた考えこみながら、ふと口を開いた。

「なあ」
「はい」
「俺が勝ったら一個頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「逆に宏樹が勝ったら何かある? したいこととか、俺にしてほしいこととか」
「え?」

反対に聞き返され、思わず顔を上げた。チャンスだった。

「じゃあ、あの今日」
「うん」
「……泊まって行ってもいいですか」

したいです、とはやっぱり言えなかった。代わりに曖昧に濁すと、先輩は軽く頷いてくれた。

「いいよ、ぜひ。というか勝っても負けても泊まってってよ」
「あ、はい」
「他には?」
「えーと、じゃあちょっと考えときます」

おそらく俺の勇気は正しく伝わらなかったようだった。
が、意味分かってますかと念を押す勇気はもうなかった。
だからそのままにして、反対に尋ね返した。

「元哉さんは? 何したいんですか?」
「今日ちょっとさ、」

一度言葉を切った先輩は、持ち駒の金を打ちながら、「上に乗ってみてほしい」と続けた。

「上?」
「騎乗位というか」
「……え?」

驚いてしまったのは、上に乗ってほしいと言われたことに対してではなかった。俺が行為自体をどうやって誘おうか悩んでいたというのに、先輩はそういうことをするのは大前提としてその一歩先、内容の話ができるんだなと思ったからだった。しかもごく自然に、平気な顔をして。
俺が一人でぐるぐる悩んでいたことがあまりにも小さく下らないことに思えて、なんだか肩の力が抜けてしまった。
飛車を動かして打たれたばかりの金を取ると、盤面を見ていた先輩が顔を上げる。

「ダメ?」
「いやダメってことはないんですけど」
「じゃあ王手」
「えっ、……え?」

驚いて盤面に目を戻す。
もはや打つべき手はなかった。気づかないうちに完全に詰んでいた。

「うわ、マジで? どこから?」
「いや宏樹のヒントがだいぶ良かったんだよ」
「えー……そうか、うわあ気づきませんでした。そんなつもりじゃなかったんですけど」
「宏樹今日風呂入ってきた?」
「え、はい」
「もっかいシャワー行く? それとも準備万端?」

盤面から顔を上げると、先輩の視線はもう色を変えていた。いつの間にか、そういう雰囲気だった。

「あの、準備は、大丈夫……」

と答えるのはまるで期待していたようで恥ずかしかったが、しかし実際期待していたので仕方ない。
俺の勇気は今度こそ正しく伝わったらしく、先輩は手を伸ばして俺の後頭部を引き寄せた。もう目はそらせなかった。
唇が重なる。思わず前についた俺の手が、綺麗に詰んだ盤面を崩した。
微笑んだ先輩は、ひそやかな声で囁いた。

「……ベッド行こうか」





口でしてもいいですか、と尋ねた時、先輩は嬉しそうな顔をした。
ベッドに座った先輩の足元に跨り服をずり下ろす。と、先輩は俺の髪を撫でてくれた。
髪をたどった先輩の指先が、そっと首筋をなぞる。

口でするのは二度目だった。
一度目は下らない嫉妬をした後だったこともあって若干振り切れていたというか、少しでも先輩に近づきたくて必死だった。
だからいま改めて先輩のそこをまじまじと見た時、なんだかすごいことをしているなと思ってしまった。

それ自体は自分にもついているものなので、サイズや形や多少の個人差云々は置いておくとしても見慣れているといえば見慣れている。が、やっぱり他の男の人の体だと思うと、なんだか不思議な気がした。
だって普通に考えたら他人のものなんて見るのも触るのも抵抗があるはずだった。
例えば昼間慎二さんと見たAVに出ていたわりと綺麗な顔立ちをしていた人達のものだって嫌だし、綺麗な顔という点で言えばそれこそ慎二さんや西園寺さんもやたらと顔のいい人達だが、こういうことをしろと言われても絶対無理だろう。

でも、先輩だけは別だった。
抵抗なく触れるし、俺の口の中で形を変えてくれればとても嬉しい。
舐めながら自分で触りたくなってしまうくらい興奮もする。

でもなあ、とふと思った。

「大丈夫?」

先輩が俺の髪を撫でながら甘い声で囁く。
最初に触らせてもらった時のような、不安そうな声ではなかった。少しむせてしまった俺を、純粋に気遣ってくれた言葉だった。
頷いて、また舌を這わせた。
こうやって男のものを舐めて興奮する日が来るとは、数か月前までの俺は想像したこともなかった。
先輩と付き合って、こういうことをするようになって、すっかり作り変えられてしまったような気がした。

だが再び、でもなあと思ってしまうのだった。
やっぱり下手だろうなあ、と。

初心者だから仕方ないのかもしれないけれど、どこをどうしたら気持ちいいとか、そういう類のことはさっぱり見当もつかなかった。
時々先輩がかすかに反応するところがあってそこは少しはいいのかなと思わないでもないけれど、でも俺が先輩にされる時の反応と比べれば全然違う。
もしかしたら俺が反応しすぎという可能性もないわけではないが、それにしたって天と地ほどの差があって、それってどうなんだろうと思ってしまうわけだ。
こんなんで本当にいいのか、ちゃんと満足できるのか。そんな俺の心を知ってか知らずか、不意に先輩は俺の手を掴んだ。もういいよ、と優しく言われて、思わず眉が寄る。

「気持ちよくなかったですか?」
「よかったよ。次俺にもさせて」

そう言った先輩は俺をベッドに押し倒し、覆いかぶさってきた。
手際よく服を脱がされ、勝手に勃ち上がっているものを握られる。
真っ赤な舌先が、つうと裏側を撫でる。
たったそれだけで、背筋を快感が這いあがった。

「っ、あ……」

慌てて口をふさいだのは、さっそく変な声がもれてしまったからだった。
やっぱり先輩と俺では全然違う。
先輩は俺が何をしたってほとんど喘いだりなんかしなくて、声を出すとしてもちょっと色っぽい吐息とかその程度で、だというのに俺はと言えばちょっと舐められただけでこんな感じになってしまっている。
前はもう少し我慢できていたような気がするけれど、いやどうだろう前からこうだったっけと記憶をたどろうとしたが、そんな余裕はすぐになくなった。
あたたかい口の中に飲み込まれて、腰が浮く。先輩の指先は俺の腰を優しくひっかく。やわらかい舌先に先端を刺激されて、喉の奥でぎゅっとしめつけられる。

「ん、あっ、あ……っ!」

腕で口をふさぐものの、全然声を我慢できない。
一体先輩の口の中はどうなってるんだろう。
自分がされていることを覚えて真似してみたいと思ってみたものの、実際そんな余裕は全くなかった。
吸い上げられたまま口の中で上下に擦られるともうどうしようもなくなって、堪らず先輩の頭を掴んだ。

「待っ、あ、やばい、ちょっと待って……!」

正直このまま口の中に出してしまいたかった。だって、どう考えたって気持ちいいことが分かりきっている。
でも俺にそう何回も出す体力がないことは、今までの数回で既に証明されていた。
先輩も、俺の体のことは多分俺よりよく知っているのでそこですんなり動きをとめ、俺に覆いかぶさるようにして枕元のローションに手を伸ばした。
ぼんやりそれを見上げていると、俺の視線に気がついた先輩はいたずらっぽく笑った。

「気持ちよかった?」
「……はい」

頷くので精一杯だった。胸がぎゅっと掴まれるような感覚に襲われていたからだ。
普段俺はいつも先輩を見てかっこいいなと思っているけれど、そう実は顔を見る度と言っても過言ではないくらい頻繁にそんなことばかり考えているけれど、そんな先輩が時々ものすごくかわいい顔をする瞬間があって、その度俺の胸はぎゅっと締め付けられてしまう。好きだなあと思う。
かっこよくて、時々かわいくて、そんな人が俺をこうしてベッドに押し倒している。
先輩の欲望の対象になっている、そのこと自体にも俺は興奮してしまう。


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