▼ 10

「へえー元哉くんって言うんだ。かっこいいねーよく言われるでしょ?」
「え、いや……」
「んふふ困ってる! かわいー! ねえ彼女いる? この後飲みいかない?」
「亜衣ちゃん、先輩に絡まないで」
「センパイ! へー先輩なの? うちのヒロくんがお世話になってますー!」
「あ、いえこちらこそお世話になってます」
「何の先輩なの? 部活?」
「いや、あの」
「つって部活なんかするわけないかヒロくんが! 煙草ばっか吸ってて体力ないし協調性皆無だもんね!」
「亜衣ちゃん、うるせーんだけど」
「なーにお姉様に向かってその態度は。ヒロくんのあーんな秘密もこーんな秘密もいつでもバラせるんだからね!」
「はいはい、ごめんなさい」
「ねえヒロくん学校でどう? モテてる?」
「あ、はいそうですね」
「いや亜衣ちゃん、男子校だから」
「アハハ男子校でモテてんのかよ!」

ただの酔っぱらいだから放置してくださいね、と囁くと、先輩は困った顔で頷いた。
準備ができた紅茶を渡す。一応亜衣ちゃんの分も、放置されたままのコーヒーを下げて入れ替える。俺の心遣いをまた完全に無視した亜衣ちゃんは、構わず焼酎を飲み続けている。そろそろ全部水と入れ替えるべきだろうか。

なにせしばらくぶりの再会が完全に台無しだった。遠くから来てくれた先輩も、まさかこんな事態は予想していなかっただろう。
早く麻衣ちゃん達が迎えに来てくれないだろうか。と思ったところで気がついた。このままでは麻衣ちゃん達とも顔を合わせることになってしまう。しかも、麻衣ちゃんも美衣姉も先輩の名前を知っているのだ。どうしよう連絡して待ち合わせ場所を変えるべきだろうか。
と悩んでいるうち、いつの間にか亜衣ちゃんは先輩相手に件の失恋話を始めてしまっていた。

「っていう感じなんだけど元哉くんどう思う? セフレからの彼女ルートありだと思う?」
「いやー……どうでしょう」
「モテる男目線を聞きたいんだけど! ヒロくんじゃ頼りになんないからさあ」
「はいはい、すいませんね」
「……まあ、でも一般的には多分」

と一度言葉を切った先輩は、ちらっと俺を見た。

「本当に好きなら他の関係は全部清算するんじゃないですか」
「あーうーんそうだよね正論! やっぱ無理かー!」

亜衣ちゃんがカウンターにばたんと顔を伏せる。
勝手に照れてしまった俺は、そわそわしながら無駄にコンロの掃除など始めてしまうのだった。だって先輩の視線がなんだか熱かったから。

「でもさー! 別れたくないってすがりつけば良かったかなあって思うんだよね」
「別れたくなかったんですか」
「だってクズでもやっぱ好きだもん。でも浮気されて振られてそれですがりついたらミジメすぎると思ったんだけど、やっぱ後悔が残っちゃうなー」
「へえ……」
「だからやっぱりー元哉くんはもし振られてもちゃんと別れたくないって言った方がいいよ!」
「亜衣ちゃん、先輩が振られるわけないから」
「そりゃそうか! あーんあたしもイケメンに生まれたかったよー!」

仕返し半分、口をはさみながらこっそり目配せをすると、先輩も照れたように微笑み返してくれた。
恐れていた事態が起きたのは、そんな時だった。連絡しかけて放置していた麻衣ちゃんと美衣姉が来てしまったのだ。

「ねーもう彼氏と遊びに行くとこだったのに何で酔っぱらい拾いに来ないといけないの?」

怒りながら乱暴にヒールを鳴らして店内に入ってきた美衣姉は、しかし先輩を見てぽかんと口を開けた。続いて入ってきた麻衣ちゃんも、目をぱちくりさせる。

「えっすげー、超イケメンですね。亜衣ちゃんの彼氏?」
「いや俺の先輩。先輩、美衣姉ちゃんと麻衣ちゃんです。亜衣ちゃんのお迎え」
「あ、どうもこんにちは」
「ダメ! 元哉くんはあたしが唾つけてるから! 美衣ちゃんも麻衣ちゃんも帰って!」
「お前が呼んだんだろバカ姉。えっ、ていうかもとやくん? 例の?」
「え、例のって?」
「電話の人でしょ? チビ達と喋ってくれた」
「あ、そうです」
「マージか! ヒロくんがはしゃぐわけだ! つーかメンクイすぎでしょヒロくん!」
「違う。というかはしゃいでない」

早く帰ってほしかったんだが、美衣姉はずかずか歩いてきて、先輩の隣に腰を下ろしてしまった。麻衣ちゃんもそのさらに隣にちょこんと腰かける。

「はしゃいでたよねえ麻衣ちゃん!」
「うん、かわいかったね」
「暇です!全然大丈夫!とか言って。暇じゃねえっつーの」
「ああ、その節はすいません。夜遅くに連れ出しちゃって」
「あっ、いーのいーの」

いーのいーのって。先輩の方が年上なんだけど。
が、姉達の会話のスピードにはなかなか口を挟む暇がない。

「ヒロくんさっきもはしゃいでたよー。元哉くんが来た時。すごいウキウキしてんの。あんなヒロくん初めてみた」
「アハハウケる、でもマジですげーっすね。慎二くん達もイケてたけどヒロくんの学校顔面偏差値ヤバくない? ヒロくん大丈夫? 浮いてない?」
「失礼な」
「いやヒロくんも可愛いですよ」

としれっと言ったのは、あろうことか先輩だった。姉3人に囲まれて困っているかと思いきや、どうやら早くも耐性をつけたらしい。しかし。

「ねえ、ヒロくんって言わないでください……」

思わず口をはさむと、先輩の両隣、亜衣ちゃんと美衣姉は手をたたいて笑い出した。

「アハハ照れてる! ねえちょっと待ってこんなヒロくんも初めて見るんだけど!」
「マジだウケる、てかイケメンの攻撃力ヤバくない?」
「いやホント、すごいよヒロくんにこんな顔させるなんて。普段めちゃくちゃスカしてんのに!」

いやスカしてるつもりはないんだけど。と言いたかったが、もう口をはさむのはやめた。多分反論すればするほど墓穴だった。もう皆の会話を黙ってにこにこ聞いている麻衣ちゃんだけが俺の癒しだった。偏差値の高い大学に通う麻衣ちゃんはもの静かでいつもニコニコしていて見た目も清楚。長いスカートと麦わら帽子と2つに結んだ三つ編みが眩しい。先輩の両隣にはぜひ見習ってほしい。
そんなことを考えながら現実逃避していると、不意に「ところで」と先輩が口を開いた。

「何番目のお姉さん達なんですか?」

先輩の質問に、3人はぴたりと黙った。
兄弟の人数を他人に言いづらいのは、性格性別問わずこれはもう全員に共通している。だが、とっくに白状してしまっている俺に怖いものはなかった。

「5、6、7」

だから亜衣ちゃんから順に数えると、先輩は「へえ」と頷いた。

「じゃあその上が春夏秋冬なんだ」
「です」
「ヒロくんはなんで宏樹なの?」
「樹は父さんと一緒。宏は分かんないですけど、ヒロくんはやめてください」

「えっ、えっ? 待って!?」

と俺達の呑気な会話を遮って立ち上がったのは美衣姉だった。すごい顔をしていた。

「何?」
「えっ、元哉くんには言ってんの?」
「あ、うん。ごめん」
「何で!? 慎二くんには秘密にしてたじゃん!」
「あー……」

思わず口ごもる。確かにそうだった。この前美衣姉と慎二さん達がここで出くわした時も同じような話になって、その時俺は濁したのだった。しかし先輩には既に話していたことだったので、そのまま教えてしまった。その齟齬の上手い言い訳は考えていなかった。

「あー、まあ……」
「えーウソ、元哉くんはめちゃくちゃ特別ってこと?」
「というか、いや……」

本人の前でそんなことを言わないでほしいところだったが、全く言い訳が思いつかなかった。困って先輩を見ると、先輩はさらりと助け舟を出してくれた。

「俺も5人兄妹で多いので。前そういう話で盛り上がっただけですよ」
「えー? それにしてもさあ。だって夏子ちゃんの彼氏なんて結婚するのにうちに来るまで知らなかったって言ってたよね。あたしもまだ言えてないしさあ、ただの先輩に言う?」
「あ、でも私もこの前彼氏に話しちゃった」
「えっ麻衣ちゃん本当に? 彼氏なんて?」
「いっぱいいるねって」
「なんじゃそりゃ、呑気か」
「いーなあ、あたしそれで振られたことあるよ。そんな女ばっかりの怖い家行けないって」
「亜衣ちゃんは男運悪すぎなんだよ」

話は幸い平和に流れてくれた。
ほっと胸を撫でおろしていると、気を取り直したように亜衣ちゃんが焼酎の瓶をどんとカウンターに置いた。

「さて、じゃー飲み直そう! あたしの失恋話を肴に!」
「バカ姉のクソ男の話はもういーよ。ってかあたし今からデートなんだってば、早く帰るよ!」
「やだよーもっと飲みたいよー」
「うるさい、早く!」
「だってヒロくんばっかりこんなイケメン捕まえてずるいよー。あたしにも一晩貸してよー」
「もーヤダこの酔っぱらい。そのへんに捨てて帰ろう麻衣ちゃん」

美衣姉が亜衣ちゃんの腕を引くと、麻衣ちゃんも「そうねえ」と言いながら立ち上がった。ようやく帰りそうな気配に、カウンターを出て店の扉を開けに行く。

「ごめんなさい、騒がしくて」
「いえ」
「ヒロくんをよろしくお願いします」
「あ、いやこちらこそ」

麻衣ちゃんと先輩が深々と頭を下げあっている。美衣姉あたりはどうやら冗談と思ってくれているようだが、一体麻衣ちゃんはどこまで本気で先輩が俺の彼氏だと思いこんでいるのだろう。思いこんでいるのだろうというか実際先輩は俺の彼氏なので決して間違ってはいないのだが。
聞いてみたかったがさすがに聞けないので、亜衣ちゃんを両側から引きずる二人に礼を言って見送った。

さて。

「すいません、本当にすいません騒がしい人達で」

ようやく静かになった店内で、俺は先輩に平謝りをしていた。

「大丈夫。楽しかったよ」
「いや楽しくはないでしょ」
「いやいや本当に。なんか、こういう環境で育ったんだなあと思って。可愛がられてるね」
「どこが?」

思わず嫌な顔をした俺に、先輩は楽しそうに笑った。
とはいえ、こんなどうでもいい話をしている場合ではなかった。
姉達の襲来でうやむやになってしまっていたが、久しぶりの再会なのだ。

「というか、先輩忙しいの終わったんですか?」

だから尋ねてみると、先輩はどこか神妙な顔をした。

「うん、一応」
「一応?」
「いや、まあある程度は。それで時間ができたから、ちょっと話というか、会いたいなと思って」
「……え、ああ、はい」
「何時に仕事終わる?」
「いつも17時です。けど」

一瞬感じた違和感は、しかしすぐに流れてしまった。
壁にかかった時計は、16時を指している。

「適当に閉めていいって言われてるので、もう終わりでも大丈夫です」
「いいよ、今日時間あるし急がなくても。時間潰してこようか」
「いやもう閉めます。ちょっとだけ待ってください」

入り口の扉の看板をopenからclosedにひっくり返し、カウンターの掃除と洗い物をざっと済ませ、レジを締める。
その間カウンターで待ってくれていた先輩は、俺がエプロンを外すと立ち上がった。

「どこ行こうか。今日バイク?」
「置きっぱなしで大丈夫です。元哉さんは? 今日泊まれるんですか?」
「うん、この前のところ」
「じゃああの辺行きましょう。俺腹減っちゃって」
「あ、じゃあラーメン行こう。うまかったって西園寺が言ってた」

手をつなぎたいな、と思ったがさすがに往来では触れない。
自然な距離に気をつけながら、店の鍵を閉めて歩き出した。

prev / next

[ back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -