▼ 幕間3

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久しぶりに生徒会の仕事から解放された周防元哉がまず初めにしたことは、先日風紀委員長に見つかってしまった喫煙の反省文20枚との格闘だった。
反省していますだとかもうしませんだとかの言葉を適当に難しげな言葉で飾り立てて書き連ね、これまた適当に検索して見つけた喫煙が健康に及ぼす影響についての論文の引用及びその考察で足りない分量を補ってようやく完成したそれを委員長不在の隙を狙って提出した後、晴れて自由な時間を手に入れた彼は、帰る道すがら制服のポケットから携帯を取り出した。

弾むような気持ちで、しかしはたから見ればにやにやとだらしない顔で眺めるのは、ようやく手に入れた連絡先である。短めに並ぶ英数字の文字列の中にrabioという単語を見つけた周防は、地元商店街のマスコットキャラクターをこよなく愛するかわいい後輩の顔を思い出してますます頬を緩めつつ、メッセージ画面を呼び出した。まだ真っ白な画面を眺め、さてなんと送ろうかと思案する。

まずは無難に時候の挨拶か、いや友人と呼んでおそらく差し支えないだろう間柄でさすがにそれはかたすぎるか、だとすれば書き出しはどうすればいいのか、しかしそもそも何の用件もなしに連絡するのはどうなのだろうか、かと言ってまさか人目のある食堂で食事でもと誘うわけにもいかないし。

などとぐるぐる思案しながら指をさまよわせていた周防は、廊下の角を曲がったところではたと足を止めた。無意識に足を進めているうち、いつの間にやら生徒会室への道のりを歩んでいることに気がついたからである。しばらく1人で働いた代わりに休みをもぎ取ったというのに、全く身についた習慣とは恐ろしいものである。

小さく肩をすくめきびすを返そうとした周防は、しかしどこからか聞こえてきた誰かの鼻歌に再び足を止めた。辺りを見回すこと数秒、反対の角から生徒会副会長である西園寺美波が現れる。
物心ついた頃からの長い付き合いになるにも関わらず今まで聞いたこともなかった鼻歌もさることながら、その足取りは今にもスキップしだしそうなほど軽やかで、かつ表情は喜びと活気に満ち溢れているようだ。
一体誰だあいつは、まさか宇宙人にでもさらわれて代わりに送り込まれてきた地球外生命体ではあるまいな、と周防が思わず後ずさると同時、携帯の画面に視線を落としていた西園寺(仮)が顔を上げた。

「あっ周防じゃないですか! どうしたんですか今日は。もしかして手伝いに来てくれたんですか?」
「……いやそういうわけじゃないけど。ちょっと通りかかっただけ」
「ああそうなんですか。あ、でも時間あるならちょっと寄っていったらどうですか? お茶菓子あるので紅茶くらいなら淹れますけど」
「……うん、まあそう言うなら」
「本当ですか? 聞いてほしい話もあったのでちょうど良かったです!」
「……」

明らかに浮かれている西園寺を気味悪げに見やりながら、周防は西園寺に招かれるまま生徒会室に足を踏み入れたのだった。





周防1人で仕事をしていた時期に比べ、室内はきちんと片付いていた。これはおそらく綺麗好きでやや潔癖気味のきらいすらある西園寺が戻ってきたことが大きいだろう。
とはいえさすがに溜まった仕事はまだ消化しきれていないらしく、デスクの上には書類やファイルが積まれている。それをしりめに西園寺は周防にソファーを勧め、うきうきと紅茶とケーキをセットした。それぞれ音楽でも聞いているのかイヤホンを耳にパソコンや書類に向かっている後輩2人が気にならないでもなかったが、周防は勧められるがまま腰を下ろし、そして切り出した。

「で、何だよ話したいことって。高槻と付き合い始めでもしたのか」
「えっ、良く分かりましたね!」
「そりゃまあ」

そんなに浮かれてちゃ一目瞭然なんだが、と内心呟く周防の呆れた視線を気にも止めず、西園寺はふふふと笑って目尻を下げた。

「実はそうなんですよ、慎二がついに付き合ってくれるって言ってくれたんです。いやあ真面目にがんばってたらいいことってあるもんですね」
「え、真面目にがんばってたっけ?」
「真面目に口説くのをがんばったんです! あ、勿論周防が生徒会の仕事を代わってくれたおかげです。その節はどうもありがとうございました」
「ああ、うん」
「だから周防も真面目にがんばったらあの1年の子も頷いてくれますよ。しばらくは僕が周防の分まで仕事しますし」
「うーん……」

久しぶりの紅茶を味わいながら、周防は小さく唸る。同じくカップに手を伸ばした西園寺が首を傾げた。

「え、何か問題でもあるんですか? まさかもう振られました?」
「いやいやさすがに振られてはねえけど、なんつうかなあ」
「何なんですか、もしかしてもう飽きちゃったんですか?」
「なわけねえだろ。じゃなくて何かこう、何をどうがんばればいいのかというか」

連絡1つに悩んでいる今、真面目に口説けと言われても一体どうすればいいのか想像さえつかない。
最後に会った時にうっかりキスしそうになってしまったが、冷静になった今思えばどうして自分にあんな積極的なことができたのかも分からなかった。

とはいえこんな恋愛絡みのことをあらたまって西園寺に相談するのもやや気恥ずかしい、というかある意味気まずいものもあるのだが、西園寺は何も気にしていないように口を開いた。

「ああ、そういうことですか。あれ、周防ってこれが初恋でしたっけ?」
「……お前が言うか、それ」
「えっ、ああ、そういうこともありましたね。慎二と付き合うことになって幸せすぎて忘れてました」
「ああそう……まあいいけど」
「ですよねどうでもいいですよね! それで話を戻しますけど、大事なのは誠意ですよ。あと押しです。自分がいかに相手を好きかをアピールしつつ押せ押せで行くべきです。相撲で言うなら寄り切りです!」
「いや相撲は知らねえんだけど」
「それくらい知っててくださいよ。まあニュアンスで受け取ってくれればいいですけど」
「うーん、でもなあ。なんか押せば押すほど引いていきそうでこわいし」
「そうですか? あの時見た感じではいけそうな気がしましたけどね」
「え、そう見えた?」
「ええ、大山くんも満更でもない風に見えましたけど」
「へえ、そうかあ……」

確かに冷静ではなかったが、あの時の大谷の反応は未だ鮮明に思い出せる。手を握ったら顔を赤らめ、近づいたら恥ずかしそうに目を伏せた。自分でも確かにあの時いけるかもとは思ったのだが、そうかはたから見てもそうだったのか、と周防は口元を緩め、そしてはたと我に返った。

「というか大谷な。西園寺といい北条といい何で皆あいつの名前間違うの?」
「ああそうでしたっけ。なんか印象に残らないんですよねあの子。普通すぎるというか」
「いやそんなことないだろ」
「一目惚れしたとか言ってましたけど正直謎なんですけど。どこがいいんですか?」
「うーん、どこと言われると長くなるんだけど、」
「あっじゃあいいです。それより慎二がいかに可愛いかって話をしてもいいですか」
「は!?」

突然話をぶった切られ、周防は思わず目を丸くした。が、目の前で花でも飛ばしそうな勢いの西園寺の様子を見て、そうかこいつ浮かれてるんだ、と小さくため息をついて諦める。

「というか高槻こそどこがいいのか謎なんだけど。うるさいし」
「そうですか? 元気があって可愛いじゃないですか」
「うーん……? というかさっきから可愛い可愛い言ってっけどやっぱアレなの、西園寺が上なの?」
「……えっ? え、ええ、そうですよ勿論」

突然言葉を詰まらせた西園寺に、周防は再び携帯に落とそうとしていた視線を上げた。見れば、目まで落ち着きなく泳いでいる。その様子にふと違和感を感じた周防だったが、何か言おうと口を開いた瞬間室内に突然北条の笑い声が響き渡った。

「ぷっ、ふは、ははははっ」

ぎょっとして周防が振り返ると同時、机をばんと叩いて咲本が立ち上がる。

「もー北条うるさい! 落語は部屋で1人で聞いてってば!」
「ごめ、んふっ、ははは、ちょっ、咲本これ聞いて」
「えーやだよ! いっつもいっつも意味分かんないもん、それ」
「いや分かるって。ちゃんと説明するから」
「もー本当勘弁してよもう」

北条が端正な顔を崩して笑いながら自分のイヤホンを片方差し出し、咲本が顔をしかめながらも渡されたそれをしぶしぶ受け取り自分の耳にはめる。その一連の光景を半ば呆れながら見届けた周防は、はたと我に返って西園寺に向き直った。

「で、何の話だっけ?」
「……さあ、何でしたっけね。そうだ、どうやって大谷くんを口説くかの話でもします?」
「あ、じゃあどんな連絡すればいいか一緒に考えてくれ。最初何書けばいい? というか何の用事で送ればいいわけ?」
「そうですね! がんばりましょう!」

今度こそ携帯の画面に集中して文面を考え始めた周防は、目の前で西園寺が上手く話を逸らせたと安堵のため息をついていることに全く気づかないのだった。

ちなみに、西園寺の仕事の片手間にアドバイスを受けながらも悩みに悩み結局1文字も書けなかった周防が、見かねて「もういっそのこと電話すればいいじゃないですか……」と匙を投げられるのはそれから1時間後のことである。

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