▼ 幕間2

◇◆◇◆◇

不憫な生徒会長周防元哉は、すっかり生徒会室に缶詰めになっていた。原因は勿論、他の役員達が未だ仕事に来ないことにある。漏れ聞こえる噂(と言っても役員特権の授業免除をいいことに生徒会室にこもりっぱなしなので、情報源は時折書類の受け渡しに現れる風紀委員長のみなのだが)によれば、周防以外の3人は未だ転入生を囲んできゃっきゃしているらしい。

なんとか連絡を取ろうと携帯に朝から晩まで着信を残した結果、先日副会長の西園寺美波だけはようやく捕まえることができていた。
なぜ仕事を疎かにするのかと問い詰めれば、西園寺曰く、今が勝負なんです、とのこと。
そのうえ真剣な顔で土下座までされ、同じ片思い仲間として同情した周防は、あと1週間と期限を切った上で仕事を押しつけられることに同意していた。この1週間が終われば今度は西園寺に仕事を任せて周防がしばらく休むという約束も取り付けてある。

残るは書記と会計である後輩2人だったが、彼らとはまだ連絡さえ取れていない。しかし、実は元からそう真面目ではない2人なので、大方西園寺を真似てこれ幸いにとサボっていることは想像に難くなかった。幼少時からの長い付き合いで慣れている周防にとっては、呆れこそすれ怒りは湧いてこない。
だが、何も全員一緒に休まなくても、とぼやいてしまうほどには周防は疲れきっていた。

消化する仕事量よりも新たに発生する量の方が多く、後回しにできそうな書類を分けた山は日々高くなっている。しかしそろそろ休憩しないと天からのお迎えが来かねない、と立ち上がった周防は、ひとつため息をついてぼそりと独り言をもらした。

「いっそ全部燃えればいいのに……」

西園寺の恋への協力には納得しているし、後輩2人のサボり癖も諦めてはいる。にも関わらず周防の心がやさぐれている原因は明白だった。ここ数週間、片思い中の後輩に会いに行く暇がなかったためである。
初対面の時よりも少しのびた黒い髪や、ややつり目気味の気の強そうな双眸と薄い唇、それに反して笑うと目元が緩んでふわりとした印象になることや、好きなものを語る時の目を輝かせた楽しそうな表情。
頭の中で1つ1つなぞりながら給湯室に向かった周防は、スイッチを入れた換気扇の下で煙草に火をつけた。
目を閉じて煙を一口、ふうと息をつき、そしてその瞬間後ろから肩を叩かれた。

「反省文20枚」
「なっ……!」

びくりとして振り向けば、いつの間にかそこに立っていたのは、にやにやと口の端を上げた風紀委員長、相原勤であった。

「お前ノック……つうか気配を消すな!」
「消してねェよ。忍者か? 俺は」
「くっそ、ビビらせんなっつうの」

天敵に違反を見つかってしまった気まずさで、周防は八つ当たり気味に吐き捨てたが、しかしそれは単に墓穴を掘っただけだった。
周防の口から煙草を取り上げようとしていた相原が、それを聞いてますますにやーっと笑う。

「へえ、ビビったのか」
「……うるせーよ」
「ふは、だっせ」
「!」

屈辱に震える周防の口から、今度こそ煙草が取り上げられる。水道の蛇口をひねって火を消した相原は、吸い殻を三角コーナーに放り込みながら、すっと笑みを消した。

「で? どこで覚えたんだよ、こんなん」
「どこって」
「誰に教わったんだって聞いてんだ」
「い、いや、別に」

自分で勝手に、ともごもご言い訳をする周防だったが、傍目にも彼の嘘は明白だった。目を細めた相原は、しかしそれ以上は追及せひとつため息をついただけだった。

「まあいいや、今日中に反省文な」
「勘弁しろよ。んな暇ねえに決まってんだろ」
「あァ? テメェの自業自得だろうが。じゃあ親呼びで説教にするか?」
「それは……」
「奉仕活動で校舎内の全トイレ清掃ってのもいいな。会長様の貴重なお姿を親衛隊連中にでも見てもらうか?」
「……趣味わりーよ」
「じゃあZ落ち、いやいっそ退学にでもするか? 二度とテメェの顔が見れなくなると思うとサミシーなァ」
「……」

再びにやにやと口元を緩めだした相原を睨み、周防は唇を噛んだ。全校生徒の前で恥をさらすのは元より、素行不良の生徒達を旧校舎に隔離しているZクラスへの移動も困る。退学は以ての外だ。

「……分かった。反省文書くからせめて来週まで待て」
「来週? なんかあんのか」
「西園寺が戻ってくる。他の2人もそれまでにはなんとかなるだろうし」
「西園寺? ああ、そういやあいつ食堂で転入生に告白したらしいじゃねぇか」
「は? 食堂?」
「何をアホなことやってんのかと思ったら、お前に期限切られてよっぽど焦ってやがったのかね。まあ返事はまだらしいけどな」

ハハハ、と呑気に笑う相原とは対照的に、周防は身内の恥に頭を抱えたいような気持ちで内心身悶えた。が、しかし裏を返せばこれはいい知らせでもある。告白の成否はともかく、転入生が返事をしさえすれば一連の騒動も一段落ということだ。どちらにしろ約束の期日には西園寺は戻ってくるだろうが、帰りは早ければ早いほど良い。

何にせよ、終わりが見えたことに安堵して気を抜いた周防は、半ば無意識のうちに新しい煙草をくわえ、

「天下一の間抜けかテメェは」

そしてその瞬間目を吊り上げた相原に、それを奪われた。

「えっ、あ、いやこれは」
「没収だ没収。おら箱ごと出せや。ライターも」
「……おう」

天敵の前だと言うのに気を抜きすぎたらしい自分の行動に歯噛みしながら、周防は大人しく煙草の箱とライターを重ねて差し出す。
それを呆れながら見ていた相原は、しかし受け取った箱に視線を落としてぴくりと眉を動かした。

「なんだこりゃ。見ねえ銘柄だな」
「は?」
「つうことはお前にこれ教えたやつはまだ風紀に挙げられてねえってことか」
「え! いや別に同じのを吸ってるわけじゃ、……」
「はん、やっと認めやがったな。誰だ? そいつは」
「……」
「あ?」
「……」

これ以上墓穴を掘ってはたまらない。だんまりを決め込む周防をしばらく睨みつけていた相原だったが、不意にかかってきた電話で呼び出されたらしく、書類の受け渡しを終えると慌ただしく去っていった。静かになった室内で、周防は1人胸を撫で下ろす。
だが彼は、相原がひそかに見廻りの強化と抜き打ちの持ち物検査を決意していたことなど知る由もないのだった。


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