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中間試験から週が明けて木曜日。
早々と返却された解答用紙は、先輩に見せようと意気揚々と鞄に詰め込まれたまま未だに底で眠っている。試験勉強のために借りたプリントやノートも、ようやく読み終わった小説も、全部まとめて鞄の中。
というのも、あれだけ毎日来ていた先輩が今週に入ってぱたりと姿を現さなくなったからだった。

1日目の月曜日は少し驚いたけれど、まあそういうこともあるだろうと思い直した。
2日目は風邪でもひいたかと心配になり、3日目には風邪にしては長くないかと首をひねり、そして4日目、さすがに何かがおかしいと思って今に至る。

先輩に最後に会ったのは、先週末の土曜の夕方のことだ。また明日、と別れる平日とは違って休日は特に約束をするわけではないが、その日はたまたま時間が合ったのだ。
先輩はやっぱりどこか疲れたような顔をしていて、それでも俺を見て嬉しそうに片手を上げてくれた。
その後しばらく取り留めのない話をしてから先輩は腕時計を確かめて立ち上がり、そして……そうだ、「また月曜にな」と言って帰って行ったはずだ。
会話の内容を思い返してみても本当にごくありきたりな話だったし、俺が機嫌を損ねるようなことを言った覚えもないのだが。

「うーん……?」

首を捻りながらうなった俺は、空が暗くなってきたのをきっかけに、重い腰を上げて帰路についた。





「インフルエンザ? 別に流行ってないと思うけど」
「あ、そう? ならいいんだけど……」
「季節も違うしそんな話も別に聞かないなー。なに、誰かかかったの?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
「そう? ふーん……?」

不思議そうに首を傾げるのは同級生の小島陽一。生徒会副会長の親衛隊に所属している嫌煙家、つまり俺の同室者である。
帰り際に寮の売店で買った焼き鮭弁当に舌鼓をうつ俺の夕食に、ホットココアを片手に律儀に付き合ってくれているのだ。一人飯は寂しかろうという彼なりの優しい気遣いらしく、事実大家族の賑やかな食卓に慣れきっていた俺もそれには感謝しているのだが、

「それより聞いてよ! 今日も転入生がさあ、西園寺様とイチャイチャイチャイチャ!」

実際はこれ、小島の話もしくは愚痴を聞くのがメインである。
がちゃん、と音を立てて乱暴にカップを下ろした小島は、激昂しながら続けた。

「一緒にお食事ってだけでもあり得ないのに! 転入生の口にご飯粒がついててさ、そんなの転入生の食べ方が汚いだけなんだから放っておけばいいのに西園寺様ってばお優しいから『慎二、ついてるよ』『え、どこ?』『そっちじゃなくて、ああ仕方ないなあもう、ここだよ』とか仰って、しかもそれをそれをパクッと!」
「おお、パクッと」
「あり得ないでしょ!? しかもその時の慈愛に満ちた西園寺様の微笑みがもう素敵で素敵で……! なのに転入生は平気な顔で、『あんがと、み、み、み、み……」
「み?」
「ああもう! 西園寺様のお名前を呼び捨てなんて畏れ多くて出来ないっ!」

自分の両肩を抱きしめてうだうだと身悶える小島は、どこからどう見ても恋する乙女である。転入生の愚痴かと思いきや結局副会長賛美になっているところが微笑ましいと言えば微笑ましくはあるけれども。

が、そのまましばらく副会長の素晴らしさを並べ立てていた小島は、ふと我に返ったように「そういえば」と切り出した。

「最近前よりも西園寺様のことお見かけする機会が多くなったんだよね」
「あ、そうなの? 良かったな」
「うーん良かったと言えば良かったんだけど、ちょっと気になっちゃって」
「何が?」
「西園寺様と、あと書記様と会計様はよく一緒にあのにっくき転入生を構ってらっしゃるのを見るんだけどさ、最近会長様見かけないなあと思って」
「へえ」

それにしてもなぜ役職に様をつけるのだろうとも思うが、王様とか殿様みたいなもんだと思えばそう不自然でもないのだろうか。
いや、まず一介の高校生相手に崇め奉るがごとくの尊敬語を使う時点でどうなのかという話なのだが。

「だからさ、つまりもし西園寺様達が会長様に生徒会の仕事を任せっきりで遊んでらっしゃるんだとしたらどうしようと思って……」
「うーん、まあ高校生だし遊びたい時もあるんじゃないの。会長は不憫だけど」
「そういう問題じゃないよ! 今年は特に生徒会の皆様と風紀の仲が悪いし、もしリコールなんてことにでもなっちゃったらどうすんの!」
「それはそれで副会長達も大手を振って遊べるわけで」

生徒会がこなさなければならない仕事量がどれだけあるかは知らないが、本人達も嬉しいんじゃないだろうかと思ったが、

「だからそういう問題じゃないんだってば!」

俺の呑気な呟きは小島に一刀両断された。
何でもこの学園の生徒会に選出されるというのは、卒業後それぞれ家業を継いだり会社を任されたりする彼らにとってはそれはそれは名誉なことらしい。反対に不手際でリコールでもされれば、横の繋がりの深い上流階級の世界では不名誉な評判が一生ついて回るような大変なことなんだとか。
……しかし生徒会の選出方法は単なる人気投票だと聞いた覚えがあるんだが、本当にそんな大層なものなのだろうか。

「ねえ、僕どうすればいいと思う? もし西園寺様がリコールでもされちゃったら」
「え、いやどうにもできないんじゃないの。勝手に副会長に話しかけたりしちゃいけないんだろ、親衛隊的に」
「だって……でも……」
「ん?」
「っていうか何でそんな薄情なこと言うの!」
「薄情って……、でもほら、それにそもそも仕事さぼってると決まったわけでもないしさ」

俺に説明しながら感極まってしまったのか、うるうると泣き出しそうな目をした小島を慌てて慰めるのには、それからゆうに1時間はかかったのだった。上流階級(?)の人に恋をするのもなかなか気苦労が絶えないらしい。

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