▼ 友人の話

その日の俺は寝不足だった。なぜかと言えば前夜、同室者の話に夜通し付き合わされていたからである。
というのも彼は生徒会の副会長という人の親衛隊に所属しているのだが、その集会に副会長が顔を出してくれたとかでものすごく浮かれていたのだ。この学園のアイドル達は意外にファンサービスも万全らしい。

というわけでやたらと興奮していた同室者は部屋に帰ってくるなり俺を掴まえて、片思い相手である上級生についてひたすら語り倒したのだった。
実家でも姉達の長話に付き合わされることが多かったせいで人の話を聞くのはさほど苦にならない性質ではあるが、しかし夜通しとなると話は別だ。
しかも副会長が敬語の似合うたおやかな美人であることも、すらりとした長身であることも、常に穏やかな微笑みを浮かべていることも、親衛隊隊員達皆に分け隔てなく接してくれる優しい人であることも、言ってしまえば俺にとってはどうでもいいことだし、ましてや彼の眼鏡のフレームが今日は何色であったかなど最早全く興味がない。

「なのに俺、もう副会長の誕生日から血液型から好物や家族構成まで知ってるんですよ。顔さえ知らないってのに」

という話を眠い目を擦りつつ先輩に愚痴っていたわけだが、

「……え、顔知らないの?」

うんうんと頷きながら聞いてくれていた先輩はそこにだけやけに敏感に反応した。

「知りませんよ。イケメンだってのは知ってますけど。生徒会の人は皆そうらしいじゃないですか」

というのは、生徒会役員選挙が実質人気投票の様相を呈しているかららしい。だから元々親衛隊がついているイケメン達が有利というのもあるし、勿論外見だけでなく家柄(という発想自体にも驚くが)や成績や性格や生活態度も重要らしいが、結局毎年顔のいい人達が選出されるんだとか。
ただの雑用集団ではなく行事ごとに顔を出し時には学園の運営にさえ関わるというから、自分達の上に立つ生徒会がそんじょそこらの人間では納得できないという生徒達の心情も理解できないわけではないが……いやはや。
と内心肩をすくめていると、先輩はなんとも形容しがたい微妙な表情を浮かべ首を傾げた。

「でもあいつ球技大会の時挨拶してたろ。開会式の時」
「いやあ、ちょっとあまりにも騒がしかったからトイレに避難を」
「じゃあ食堂とかも行かない?」
「基本行かないです。有名人が来る度大騒ぎじゃないですか」

確かに入学したての頃に、食堂には1度だけ行ったことがある。だが、運が悪かったのか良かったのかは分からないが生徒会役員達は見かけなかったし、他の人気者らしきイケメンが現れる度にそこかしこで上がっていた男子校とは思えないほど甲高い悲鳴混じりの歓声は、高級食材をふんだんに使ったお高いメニューを諦めさせるほどの威力を持っていたのだ。

「じゃあさ、……入学式は?」
「あ、それは恥ずかしながら寝坊して遅刻して出られなくて」
「……ということは」
「未だに生徒会の人達の顔1人も知らないんですよね、俺」
「……」

俺の言葉に、先輩は短くなった煙草片手に黙り込んでしまった。
中学の時は生徒会は真面目そうな優等生の集まりで影もわりと薄かったが、ここではそうではない。まだ学園に染まりきっていない外部生仲間でさえ「あれは眼福。男だけど」と称するような集団をまだ一度も目にしていないというのは、やっぱりおかしなことなのだろうか。

「1回くらい見に行った方がいいですかねえ、やっぱり」

生徒会役員は全員2年生か3年生だったはずだから普通に過ごしていたらすれ違うこともほとんどないが、それこそ食堂にでも行けば遠目に見ることくらいはできるはずだ。
と思いつつ、今夜は食堂にしようかな、と呟くと、何やら真剣な面持ちで考え込んでいる様子だった先輩は真顔で首を振った。

「……いや、別にわざわざ見に行かなくてもいいんじゃないの」
「うーん、でも友達は一見の価値ありって言ってたんですよね」
「いやいやあんなの見る価値ないって。ただの口うるさいのと性悪のチビと無愛想な変人だし」
「あれ? 仲いいんですか、もしかして」
「え? あ、いやいやまさか!」
「でも……」

そんな口調じゃなかっただろうか。
しかも相変わらず嘘が得意ではないらしく、あからさまに慌てているし。

「違うって。ただ……まあ俺もここ初等部からだし、多少はほら、うん、知り合い程度だけど」
「へえ、そんなもんですか」
「そう。だから本当、別にわざわざ顔見なくたっていいと思うよ」
「うーん、まあそうですね。先輩がそう言うなら」

好き好んで騒がしい場所に行きたいわけでもないし、あえて見ようと思えば次の行事を待てばいいだけの話だ。
だから、じゃあやっぱり今夜も弁当にしますとまとめると、先輩はなぜかほっとしたように頷いた。

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