▼ 02

翌日は急にやたらと冷え込んだ。
昼休みは購買で買った弁当を上野と安田と中庭で食べるのがすっかり恒例になっていて、最近日に日に寒さがつらくなってきてはいたのだが、この日ついに校舎を出たところで安田が音を上げた。

「やっぱもう無理だわ。どっか他で食べない?」
「そうだな。でも他って? どっかある?」
「えー……食堂?」
「食堂はちょっと」

と渋ったのは他ならぬ俺だった。
人ごみの苦手さもさることながら、以前一回行ったときにあまり嬉しくない光景を目撃してしまったのはまだ記憶に新しかった。
あの時散々文句を言ってしまったので同じようなことはないかもしれないが、しかし体育祭のことを考えてもやっぱり人が大勢集まる所には近寄らない方が身のためのような気がする。

という事情は説明できなかったが、安田も「あそこ混むしなあ」と同意してくれた。

「でも他にどっか人少ないとこある?」
「うーん、屋上とか?」
「例の喫煙所? 寒いだろ」
「じゃあ教室?」
「まあそれが妥当か」

というわけで引き返して順番にそれぞれの教室を覗いたところ、俺の席の周囲がぽっかり空席になっていたので自然とそこに落ち着いた。
ようやく昼飯にありついたわけだったが、隣の小島の席に上野、前の江藤くんの席に安田が座っている光景はなんだか新鮮というか、なんとなく居心地が悪いようなそわそわした気持ちになってしまう。ついいつもより気持ち急いで昼飯をかきこんでいたが、そんな俺の隣で上野は完全に箸を止め、完全に携帯画面に夢中になっていた。
思わず何してんの、と聞いてみると、上野はどこか嬉しそうな顔を上げた。

「んー、小島くんとライン」
「小島? 連絡先交換してたんだ」
「そうそう。この前偶然会ってさ、漫画の話とかで盛り上がって」
「へえ、漫画」
「つうか小島くんラインもやたら可愛くない?」

またしても嬉しそうな顔で見せつけられた画面は、確かになんだかやたらと可愛らしい絵文字やスタンプで彩られていた。

「これ小島から? 俺に来るのと全然違うんだけど」
「そうなの? どんな感じ?」
「どんなっつうか、スタンプとか見たことない」

そもそも小島と連絡を取ること自体あまりないのだが、自分の携帯を引っ張り出して履歴を辿ると、横から覗き込んできた上野は「あ、ほんとだ」と目を瞬いた。
それもそのはず、直近の連絡は「了解」だとか「牛乳」だとか「数学の問2なに」だとか、色気も素っ気もない単語や短文ばかりである。かくいう俺も似たようなものなので人のことは言えないが。

「この牛乳って何?」
「帰りに買ってこいってこと」
「へー、なんか夫婦みたいだな」
「別にそんないいもんじゃないけど。ただのパシリ」
「でもマジか、ほんとに全然違うな。もしかして俺脈ある?」

そもそも彼氏がいるだろうにということはおいておくとしても、こうして俺への対応との差を見せつけられるともしかしたら小島も満更ではないのだろうか。いやどうだろう、元々こういうことに関する機微には疎い自覚はあるし実際さっぱり分からないが。
なんてことを考えていたら、不意に教室後方の扉が開き、張本人が帰ってきた。

「あれ、ここにいたんだ。珍しいね」
「外寒くてさ。あ、ごめん席借りてた」
「ああ、いいよ全然」

俺の斜め前の空席に座った小島は、そのまま上野と会話を始めた。ラインの続きなのか分からないが、知らない漫画の話を始めた二人ともやたらと楽し気に見えて、なんだか入り込めない雰囲気を醸し出している。

「なんかいいなあ、青春だね」

小声で囁いてきた安田に曖昧に頷いたところで、全く脈絡はなかったがふと昨日の慎二さんとの話を思い出した。

「そうだ。あのさ、安田文理選択決めた?」
「ああ、文系の予定」
「あ、そうなんだ。ちなみに得意科目なに?」
「うーん、得意というか好きなのは現代文と化学」
「マジか!」
「え、何?」

首を傾げる安田に実はこれこれこういうわけで、と経緯を説明すると、ふんふんと聞いていた安田は最終的に「俺でいいなら」と頷いてくれた。文系と言われた時点で半分諦めかけたのだが、運が良かった。

「いやーよかった、ありがとう」
「俺もちょうど良かったよ。この前のお礼もしたかったし、また会いたいと思ってたところだったから」
「そっか、ちなみに今日暇?」
「うん、基本いつも暇」
「じゃあちょっと連絡しとく」

肩の荷が下りた気分で「安田が化学得意だそうです。今日暇ですか」と送ってみると、一瞬で「暇!」と返信がきた。俺も含めて暇人だらけだった。





放課後、安田を連れて慎二さんの部屋を尋ねると、部屋の主はやたらと上機嫌に出迎えてくれた。

「ありがとな涼平! 入って入って、何もない部屋だけど! あ、炭酸いける?」

慎二さんが最近ハマっているらしい炭酸飲料のペットボトルを一本ずつ渡され部屋に入ると、室内を見回し安田は「すげー」と呟いた。
何もない部屋どころか、実際は足の踏み場もないくらいの部屋なのである。

「壮観ですね。何のキャラでしたっけ」
「お、興味ある? ラビ夫っつって近所の商店街のマスコットキャラなんだけど、あっじゃあこれやるよ。これも、あとこれも」

確か去年のバレンタインの時のキーホルダーとクリスマスのボールペン、それから2年前の夏限定のぬいぐるみと次々に渡された安田は、「へーなんか味がありますね」だなんて言いながらぬいぐるみの頬をつつき、それから「あ、そうだ」と顔を上げた。

「この前はありがとうございました。相談乗ってもらって」
「あーフェラの話? 進捗どう?」
「おかげで一応できるようになりました」
「やったじゃん。抵抗なくなった?」
「いや、なくはないんですけど、まあ一応。でもなんというか」
「おー、どうした」
「やっぱ下手というか、どうしたらいいかいまいち分かんなくて。なんかコツとかないですか」
「マジメだなあ」

笑った慎二さんは部屋の真ん中の低いテーブル周りの物をまとめて脇に寄せ、3人分のスペースを作るとそこに腰を下ろした。
促されるままにテーブルを挟んで腰を下ろし、もらったジュースの蓋をあける。
勉強は、と思わなくもなかったが口を挟むのも野暮なので黙ったまま、慎二さんにつられて煙草を取り出した。

「つっても別に俺もそんな得意なわけじゃないしな。宏樹の方が上手いんじゃねえの」
「俺? 別に上手くないですよ」
「でも俺らと違って好きでやってんじゃん」
「好きなんて一言も言ってませんけど」
「じゃあしぶしぶやってんの?」
「そういうわけじゃないですけど」

確かに慎二さんの言う通りなのだが、それを堂々と認めるのはさすがに躊躇われる。
しかも好きかどうかと上手いかどうかはおそらく全く別の問題だろう。

「でも本当に、普通に下手ですよ。上手いっていうなら先輩の方がはるかに上手いし」
「んはは、確かに元哉すごそうだよなあ。なんかめちゃくちゃテクってそう」
「それ言うなら西園寺さんもすごそうですけど」
「あー、そーね確かに。俺最近すげえ早漏なんだよね。正直ちょっと悩んでるんだけどどうやったら耐えれんの?」
「俺に聞かれても」
「ハハ、宏樹も早そうだよな」
「うるさいんですけど」

その悩みに関しても全く役に立てそうにないなと思っていたら、黙って聞いていた安田がふと頬を緩めた。

「モトヤさんっていうの? 大谷の彼氏。慎二さんも知り合いなんですか?」
「……あっ」

しまった、と思わず声を上げると、慎二さんは俺を見て目を瞬いた。

「あれ、もしかして涼平に言ってねえの?」
「言ってない……うわー……」
「マジか、悪い悪い。でも別にいーじゃん、秘密にせんでも。悪いことしてるわけじゃないんだし」
「それはそうなんですけど、あー……安田聞かなかったことにして」
「何、有名人なの? さすがに下の名前だけじゃ誰か分かんないけど内緒にしてた方がいい感じ?」
「まあ、うん。誰にも言わないでほしい」
「というか誰なの? そんなトップシークレットなのかよ」
「つうか、うーん、いやまあ……」

少し悩んだ。安田や上野に先輩の正体を明かしていない理由は大きく2つ、小島に誰にも言うなと口止めされているというのと、あとは単に俺が自分のこういう恋愛話を人に話すのが苦手ということからだったが、前者については別に安田も言いふらしたりはしないだろうし言ったところで特に問題はなさそうな気がする。後者についてはやっぱり気恥ずかしさはあるのだが、しかしまあ名前までバレておいて今更という感じもした。
だからもうこの際白状してしまうかとようやく心を決めたのだったが、

「相手、あー……生徒会長なんだけど……」
「……えっ?」

とはいえ自分のことを話すのには苦手意識があって、しかも好きな人の話となるとやっぱり恥ずかしくて若干口ごもってしまうと、安田は目を丸くし、次いでぽかんと口を開けた。

「えっ……会長って、あの?」
「うん、まあ」
「マジ? 何で?」
「何でって?」
「何でそんなすげえ人と付き合って、えっそもそも何で知り合いなの? あ、慎二さんづて?」
「違うけど、いやまあ慎二さんづてと言えばそうなんですかね」
「いやいやお前らそもそも知り合いだったじゃん」
「まあそうか、ですね、じゃあたまたま会って」
「会わないだろ普通に過ごしてたら。何、待って、俺今嘘つかれてる?」
「こんな嘘ついてどうすんだよ」
「いや知らないけど、なんかドッキリとか?」

そんなドッキリしてどうするんだという話ではあるが、確かに逆の立場だったら俺もすんなりとは信じられないのかもしれない。
そう思ったので、仕方なく携帯から夏祭りの時慎二さんに撮ってもらった先輩との写真を探し出した。
画面を覗き込んできた安田はさっきラビ夫を見ていた時のようにまじまじと写真を見つめ、「うわーマジじゃん」と呟いた。

「会長と付き合ってんのか……えっじゃあ会長を口説き落としたってこと? すごいな大谷」
「宏樹にそんな男気あるわけねーじゃん」

と笑ったのは慎二さんだった。
確かに事実なので言い返せないが、なんというかもうずっとうるさいからしばらく黙っていてほしい。

「じゃあ会長に口説かれたってことですか? ますますすげーな。しかし何で大谷? いや失礼な意味じゃないけど」
「見た目も中身もどタイプらしいよ。元哉が一目惚れしたっつってたけど」
「マジ!? 大谷すげーんだなあ」
「でも一方宏樹の好みは派手なギャルと元哉んとこの親衛隊の隊長だからなあ。報われねーよな、かわいそうに」
「えっそうなの?」
「別に違いますってば。べらべら喋りすぎっつうかちょっと黙っとけよ」
「オイ生意気が加速してるぞ!」

口が滑った。とはいえ今のは完全に慎二さんが悪いような気もするが、小突かれた肩が普通に痛くてそっとさすっていると、安田はしみじみとため息をついた。

「しかしすごいこと聞いちゃったなあ。俺この前噂で会長に本命いるんじゃないか的な話聞いたんだけど、大谷のことだったんだな。ものすごく誰かに喋りたいんだけど」
「やめて」
「いや言えないけどさあ。他に知ってる人いないの?」
「小島は知ってるよ」
「ああ、そうなんだ。上野は?」
「まだ言ってない」
「うわーそうか、この驚きを分かち合いたいなあ。言う予定ないの?」
「考えてなかったけど……」

安田に言ってしまった以上、上野にも話しておくのが筋なのだろうか。それとも別にわざわざ言うこともないだろうか。
迷ったけれどそろそろ話題も変えたいところだったので一旦保留にすることにした。

「それよりそろそろ勉強しませんか」
「えー全然そんな気分じゃないんだけど」
「俺も。せっかくだしもうちょっと楽しい話しようぜ」
「誰のために集まってると思ってんですか」
「まあそうか、俺か、俺だな。でもいざ勉強するってなると気が乗らねえなあ」
「慎二さんがしたいっつったんじゃないですか。遠恋したいって言うなら別に止めませんけど」
「あーそれもヤダ、勉強せずに成績だけ上がる方法ないかな」
「ないです」
「あーあ」

じゃあまあ頑張るかあ、と慎二さんがため息をつく。
ようやくそれた話題にほっとしつつ、そこからは3人で真面目に慎二さんの勉強計画を立てたのだった。

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