恋はやさしく

けい君こと松田圭吾と同居し始めたのは、今年の春のことだ。
彼とは昔馴染みで、高校の頃からは恋人として付き合っている。
今年に入って、お互い引っ越すことになったときに、けい君に「じゃあ一緒に住んじゃおうよ」と誘われて、このアパートに二人で引っ越してきた。

「けい君ただいま」
サークルの練習が終わって、夕方になり下宿先に帰ったが、けい君から返事は返ってこなかった。
今日の食事当番はけい君なので、この時間には家にいるはずなのだ。
台所を覗くとカレーが夕飯の時間を待っていたが、どこの部屋にも明かりはない。
「けいくーん、居ないの?」
名前を呼びながらリビングに入ると、彼はソファーで横になってすやすやと寝ていた。
読書をしているうちに寝てしまったらしい。手には本が握られていた。
何を読んでいたのかと、表紙に目を向けると、紙の上では二人の男が抱き合っていた。
けい君はいわゆるBLというやつが好きで、よくそれらしき漫画やら小説やらを読んでいる。
高校時代に付き合おうと告白されて、そういう趣味があると知ったばかりの頃は少し驚いたが、今では慣れてしまった。
男が好きな男というのは、筋骨隆々のいかにもな感じが好みなんだと思ったと言うと、
「そういう人も多いけどね、僕はこっちのほうが好きだなあ」とそっけなく返された。
そういうわけで彼の部屋には、けい君の一等好きな文学小説と同じくらいのそういった本が棚にぎっしりと積まれているのだった。
実物を見るのは初めてだったので、ふと興味がわいて、ソファーからこぼれ落ちたけい君の手から本を抜き取った。
昔、「文学・娯楽小説を読むのは研究、BL小説を読むのは趣味」と語っていたのを聞いたが、少女漫画に憧れる女の子よろしく、けい君もこの本のような恋がしたいと思っているのだろうか。
女役の少年がけい君に似てるだとか思いながら、パラパラと流し読みしていくと、思いのほかきわどい描写が多い。
あのけい君がこんな本を読んでいたなんて、と少しショックを受けたが、彼だって自分と同じ年の男なのだ。別におかしいことではない。
本から顔を上げると、けい君の白い首筋が目に入った。
さきほどの描写に浮かされたのか、急にそれが眩しく見えて、こくりと唾を飲んだ。
テーブルに本を置き、体を屈めてそっと首筋に舌を這わせると、ひゃんっと悲鳴を上げてけい君が飛び起きた。

「お、おはよう」
「なんだ弘樹か」
何が起きたか理解できていなかったようで、顔色を信号機のように変えて慌てふためいていたが、視界に自分を認めたようでようやく一息ついた。
「びっくりした…、いきなりどうしたの?」
「いや、なんとなく」
けい君は不満げに首をかしげて、こちらを伺っている。
「それよりも夕飯ありがとう」
「この前弘樹がカレー食べたいって言ってたから」
話を変えようとすると、けい君も少しはにかんで流されてくれた。
まさか、この前テレビを見ながら、ポツリとつぶやいたくらいの言葉を覚えていてくれたのかと思うと、愛しさがこみ上げた。
「早く食べよう、俺もうおなかすいちゃったよ」
「うん、待たせちゃってごめん」
「準備してくる」と言うと、けい君はスッとソファーから立ち上がった。
俺も一緒に行こうと立とうとすると、けい君は唐突に翻ってこちらを向いた。
何かと思っていると、頬にけい君の唇が触れた。
「お帰り、弘樹」
けい君は「言うの忘れてた」と言って、少し顔を赤くした。
そして、そのまま台所へと行ってしまった。

俺はしてやられたと言いたい気分で、ズルズルソファーをずり落ちてから、ようやく立った。
そういえばあんなシーン、さっきの漫画で見たなあと思いながら、かわいい恋人の待つ台所へと向かった。



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