真面目でお堅い私の同僚は最近お疲れぎみだ。昔から疲れを顔に出す奴ではなかった。だから、上司がこいつの限界に気づいてくれるか、私は心配でならないのだ。
「大きなお世話です。荻野警部を悪く言わないでください」
「私はあんたを悪く言ってるんだけどね」
机に散乱する栄養剤にため息が漏れた。
「あんたの憧れてる荻野警部の机みてみなよ。整理してあって、子供の写真も置いてあって……私の上司にも見習ってほしい」
警護課でも有名な犬の写真展になっている。
「剣持の机にもせめて動物の本とか置いてあったら私だって安心するさ」
「置いてありますよ」
読みかけていた本を持ち上げ、背表紙を示された。『ヤギの全て』ああ、それのイヌ版を上司の机でみたな。
「……ヤギ好きなの?」
「どちらかといえば嫌いです」
なんだそれ。
「俺の上司より自分の上司心配してください。いつも荻野警部に絡んできて、いったいいつ仕事してるんですか」
「いつもしてるじゃん、24時間ステラの世話」
私も剣持も意味は違えど、上司についていけないというのが悩みである。しかしお互いに悪くいわれれば黙っていられない。私は屁理屈で、剣持は正論で相手を黙らせる。そんな姿をみて、お互い上司の影響力にはうなずけてしまうのだ。
「でも私たちは上司入れ替えるべきだと思うね」
「断固拒否します」
「緒方さんもいいとこあるから。ってかあんたに1番見習ってほしい」
どこを見習えばいいのかと、寄せられた眉が物語っていた。そういうところなんだけどね。私の持論、似た者同士は離れるべきだ。性格にしろ、趣向にしろ、食生活の好き嫌いにしろだ。
「高め合いだって。剣持が緒方さんの柔らかさを少しでも……」
「断固拒否します」
どうしてそこまで頑ななのか。べつに緒方さんを見習ったところで三十路まで結婚できなくなるわけでなし、むしろ警察きってのプレイボーイだぞ。女子社員からの一方的なアプローチではあるけれど。あれ、じゃプレイはしてないのか。
「女性にモテたいのではなくて、俺は荻野警部の硬派なところに憧れてるんです」
「硬派すぎて拳銃でも貫けないって聞いたけど」
警護課としてぜひともほしい人材である。どうして部署移動してしまったのだろう。
ふと、剣持のページをめくる手が止まる。速読できる奴はわかり易いな。今度はなにを考えこんでいるんだ。
「……そうか、銃弾を通さない体があれば」
「やめて、人間にはムリだから」
こいつがいうと冗談に聞こえない。
12.03.08