これの数年後:
(前話未読可・クロスオーバー)
『あー! また徹夜しただろ? あんま心配かけんなよ』
だって仕事なんだから仕方ないじゃん。大丈夫、私は強いから少しくらいムリしても倒れないよ。ほら、早く支度しなきゃ学校遅れる。それから、私も出社の準備しないと。
むくれ面した京介の肩越しに、黄色い卵巻きが見えた。
「おい、起きろ」
「ん……待って、あと5分……」
「寝るんならこのうるさいのをどうにかしろ」
うるさいのはあんただ。差し出されたものを受け取り、なかなか開いてくれないまぶたに指で刺激する。何時だろう。ちょうど手にしていた時計で時間を確認した。ちょうど手にしていた、うるさい……時計。
「8時過ぎてる!」
飛び起きたはいいが、目覚めたそこはベッドではなく卓上。やりかけの仕事が散乱していた。
「……終わった」
「なんだ、これ時計だったのか」
耳慣れない声で振り返れば、大の男が物珍しそうに目覚まし時計をカタカタと振っていた。誰だっけ。警戒信号が鳴りだす前に、活性化しだした脳で昨夜のことを思いだす。そう、昨日急に押しかけてきた鬼柳京介だ。
『鬼柳京介、知ってるか?』
『……知ってますけど、もう知りません。身内の方?』
『……俺が鬼柳京介だ』
『はあ?』
京介と同姓同名を名乗るその男は、どうらや名前1つでこの場所までたどり着いらしい。
「どこに行けばいいかわからなくてな。途方に暮れていたら、見覚えはないが俺の名前を連呼する奴に会って……」
それはきっと商店街のおばちゃんだろう。鬼柳さんを道に迷った京介と勘違いし、交番へ届けた。そこには京介がいつもお世話になっている風間がいるわけで、その風間が直接ここまで案内したと。だいたいわかった。慣れない朝食作りに奮闘しながら、概要を聞き出したはいいが全然納得がいかない。
最近めっきり会うことのなくなったおばちゃん達ならまだわかる。しかし、どうして風間までもが「ガキの成長は早いな」で終わらせてしまうのだ。まったくの別人ではないか。たしかに、珍しい毛色や目元が似てないでもない。むしろ、親戚と間違えるていどには似てる。でも本人というには成長しすぎだろ。
仕事を諦め、職場にはしばらく休むと連絡を入れた。京介の関係者なら手伝うのもやむなしだ。仕事という肩の荷が降りてしまえば、多少楽になった。客もいることだし、久しぶりに朝食でも作ろうと冷蔵庫をあさったが卵しかなかった。
「さあ、どうぞ」
書類の山をかきわけスペースを作る。そこに完成したものを置けば、微妙な視線を向けられた。
「……なによ」
「……べつに」
「しっ、仕方ないじゃない。朝は私の担当じゃなかったのよ!」
お世辞にも美味しそうといい難い卵巻き。形はいびつで、色には層ができ、箸でつつけばぼろぼろと崩れた。
「なにも言ってないだろ」
「目が訴えてんのよ」
視線をそらすと、部屋のすみに健康食品が見えた。慌てて隠したのち、京介じゃないことを思いだす。トーンは違えどしゃべり方が似ているせいでどうも京介と話している気になる。話の持っていき方とかね。
「で、本当の朝当番は誰なんだ?」
痛いところを突くタイミングまでそっくり。
「っ我が家の朝当番は、彼よ!」
ドンっと拳を机におき、握っていた健康食品を見せつける。大丈夫、鬼柳さんは京介じゃないのだから。
「……なんだこれ」
「っ……」
「なあ、これなんなんだ?」
「へっ?」
本当にわからなかった、だけ。なんだ気が抜ける。いやいや、だから私はさっきからなにに気を張ってるんだ。
「これは健康食品の1種でー、これ1つで1食分の栄養が採れるから食事はいらないの」
こんなことも知らないなんて、いったいどれだけ金持ち家庭なのか。鬼柳さんの格好をみてその言い訳はすぐに捨てた。
「ねー鬼柳さん、どこからきたの?」
「クラッシュタウンだ」
小学生へ向けたような問いに、小学生のような答えが返ってきた。聞いたことがない。それは国内ですか。
「本当に京介知らないの?」
「だからそれは俺だ」
そうじゃなくてもっとちっこい方のさ。写真はなかったかな。私は元々プリクラとか苦手だ。2人で遊ぶにしても室内やファミレスばかりで、思い出アルバムというものもない。一時期京介がカメラにはまってたこともあったが、現像したのは最初の1枚くらい。あの写真は
「ああ、ごみ箱か」
机以外は片付いた部屋。ごみ箱のなかにも写真が1枚あるだけだった。
「これこれ、これが京介。隣が私」
「……若いな」
たしかに大学時代の自分は若く見える。とても数年しか経ってないなんて思えない。京介は変わらないのにな。
「いや、京介がな」
なにかを察したらしい鬼柳さんが慌てて付け加える。大人な気づかい。やっぱり京介とは別人だな。
「でもなんでごみ箱に入ってたんだ?」
前言撤回。ずけずけ聞いてくるあたり奴の血だ。
「鬼柳さん、女性のプライベートはあんまり聞かない方がいいよ」
「そうか?」
「うん」
さて、親族とわかってしまえば話は早い。むしろ最初からそうしておけば良かった。風間へ返しに行こう、うん。住所を教えれば京介の実家まで送ってくれるだろう。私は、あの家に近づきたくない。なんていうか、嫌われているから。
「じゃ外出ようか」
いつものようにコートを羽織って、飲み終えた健康食品のごみを持ち立ち上がる。玄関脇にあるラックからマフラーを出して振り返れる。そう、いつもと同じ一連の動作。
「き……鬼柳さん、外寒そうだからこれ巻いて」
真後ろまで来ていた鬼柳さんの影に、私はすっぽりと収まっていた。同じ目線にあったはずの笑顔の代わりに、ハーモニカがぶら下がっている。
「後ろ向いて、……苦しくない?」
「……ああ」
背伸びして巻いている私の方が苦しいかもしれない。
「よしっと」
「お前は飯を食わないのか?」
「へっ? これ一緒に食べたじゃん」
健康食品の空をふれば、正面に向き直った鬼柳さんが怖い顔をしていた。
「なっ、なに?」
「それは飯じゃないだろ」
「ご飯だよ。これには栄養があるから……」
「栄養があったって、人は死んじまうんだ。腹が満足しないだけで、人は死ねるんだ」
切羽詰まった物言いに、私は気圧された。
12.03.05
―――
作ってた京介の番外編で書いたのに先にできちゃった←
鬼柳は餓死でしたからね