現在、自分は激しく後悔していた。
心臓が煩く鳴って、嫌な汗が滲み出る。

「(何で、こんな…)」

目の前に広がる光景は薄暗い廃病院の廊下。
所々黒い染み、ストレッチャーがそのまま置いてある、いかにも何かありますよと思わせる物陰があり、こくりと喉を鳴らす。
ちらりと隣を見れば、十代さんが物珍しそうに辺りを見回していて、実に楽しそうだ。

「(こうなるはずでは…)」

思わずぐっと目を閉じ、数時間前のことを思い巡らせた。



「遊園地?」

琥珀色の瞳がきょとんと見開かれ、首を傾げる。

「はい、俺と一緒に行きませんか?」

そう問いかけると十代さんはにっと笑ってひとつ頷いた。

「おう、良いぜ!」
「あ、ありがとうございます!」

あまりに嬉しくて思わず十代さんの手を握り締めた。
十代さんと恋人同士になって数ヶ月。恋人らしくデートをしたいと思い立ち、十代さんを誘うのに一ヶ月かかった。仲間達に背中を押されなければもう一ヶ月はかかっていたかもしれない。

「…遊星」
「あ、はい?」

名前を呼ばれ首を傾げると、十代さんは僅かに頬を赤く染め目を逸らす。

「手を、さ…」

言い辛そうにもごもごと口籠もる。
首を傾げて、自分の手を見ればしっかりと十代さんの手を握っていて慌てて離した。

「っすいません!」
「いや、別に嫌なわけじゃなかったし…ちょっと恥ずかしかったけどさ」

照れを隠すように頬を掻く十代さんに胸が高鳴る。

「じゃあ、行きましょうか」
「おう!」

嬉しげな表情で返事をしてくれる十代さんに笑みを反して遊園地へと向かった。



色々なアトラクションに乗り、十代さんは本当に楽しそうで誘って良かったと心から思った。
あ、とちいさな声が聞こえたかと思うと十代さんが熱心に看板を見つめていて、なんだろうかと近寄ってみると、お化け屋敷の看板だった。

「お化け屋敷、ですか?」
「ああ、面白そうだよな!」

キラキラと目を輝かせる十代さんに小さく笑みを浮かべる。

「入ってみますか?」

問うと良いのか、と問い返されたひとつ頷く。
すると十代さんはにっこりと笑った。

「ありがとな、遊星!」

こんなことでもらうにはもったいないような十代さんの笑顔に嬉しくなる。
ふと仲間のひとりが言っていたことを思い出した。
お化け屋敷というのは遊園地デートの定番でごく自然に密着出来、お互いの信頼が深まる、とか。

怖がる十代さんを宥め寄り添う自分。
僅かに涙を滲ませこちらを見つめる十代さんに優しく笑いかける。
そして、良い雰囲気に…。
表情にはまったく出さず冷静を装いつつも、この場に人がいなければ両手で顔を隠しながら、叫んでごろごろと転げ回りたい。そんな心境だ。

「遊星?」

不思議そうにこちらを見つめる十代さんに何でもないです、と返し二人でお化け屋敷へと入っていった。
思えばこの時かなり浮かれていた。
まさか数分後物凄く後悔することになるとはこの時考えていなかった。



お化け屋敷に入ることは初めてだった。どんなものなのかは知識としては知っていた。
知ってはいたが、まさかこんなに自分が苦手だとは知らなかった、むしろ知りたくなかった。悲鳴をあげそうになるのを必死に抑え、平静を装う。
そして今に至るわけで、十代さんに気付かれないようひっそり溜め息を吐いて目を開ける。
順路を示す矢印が手術室へと向かっていて、頬が引きつった。

「何があるんだろうな!」

わくわくとした様子でこちらに笑顔を向ける十代さん。
すごく素敵だ、本当に可愛いし、格好良い。
十代さんだけ見ていればこの場所だって平気なはず、だ。変な呻き声が聞こえようが、生暖かい風が吹こうが、十代さんさえいれば。
そんなことをつらつら考えていると十代さんが手術室の戸を開け中へと入っていく。
ごくり、と喉を鳴らし十代さんの後をついていく。
すぐに目についたのは手術台。そこにナニかが横たわりシートがかけられている。
近付きたくない。
本能的に後退りそうになるのを必死に抑え、どんどん進んでいく十代さんの後をついていく。
手術台のモノが動かないことを祈りつつ進んでいくと、十代さんがぴたりと立ち止まる。

「お、」
「え?」

手術台に注目しすぎて前を見ていなかった、十代さんの声に前を見れば顔色の悪い気味の悪い医者が立っていた。

「ひ…っ!」

小さな悲鳴がこぼれ、思わず十代さんの服の裾を掴んでしまう。

「遊星?」

不思議そうに首を傾げる十代さん。

「何でもっ…!?」

ないです、と続けたかったが叶わなかった。手術台に横たわっていたモノが起き上がったのだ。

「っうわあぁぁぁ!」

自分でもびっくりするほど大きな声が出た。だがそんなことに構っている暇はない。
十代さんの腕にしがみつく。

「わぁぁっ!もうやめてくれっ!!」

ぎゃーと叫んで目を瞑ると、軽く肩を叩かれる。

「遊星、大丈夫、大丈夫。もう少しでゴールだからさ」

十代さんは明るい声で言うと微妙な距離で追いかけてくる医者や手術台にいた患者を振り切った。



「あー、面白かった!」

興奮してキラキラと目を輝かせる十代さん。そうですね、と心のなかでしか返せない。
両手で顔を隠し、じわりと涙が滲んだ。
情けない。
この一言に尽きる。穴があったら入りたい、心底そう思うが残念ながら遊園地には穴などない。

「遊星?」

十代さんが心配そうに名前を呼ぶ。涙を無理矢理引っ込め、滲んだものは乱暴に拭う。

「大丈夫、です…すいませんでした、心配かけてしまって…」

何とか笑みを浮かべてそう言うと、十代さんは僅かに思案し、ぽんと手を叩く。

「遊星、俺行きたいアトラクションがあるんだけどさ、付き合ってくれるか?」
「あ、はい」

にこにこと微笑む十代さんは俺の手を引いて歩き出す。
どこへ行くのだろうかと手を引かれるままついていくと、観覧車の前までやってきた。

「観覧車、ですか?」
「遊園地の定番だろ」

十代さんはにっと笑い、手を掴んだまま入口まで行く。係員の誘導でゴンドラに乗り込むと暫く沈黙が続いた。
やはり呆れてしまっただろうか。あんな情けない様をさらせばそれも仕方ないとは思うが、これで十代さんに嫌われたらと思うと。

「(最悪、だ…)」

気落ちし、うなだれていると十代さんが名前を呼ぶ。

「遊星…今日は楽しかったよな」
「…はい」
「遊星はさ、お化け屋敷でのこと気にしてるみたいだけど俺は気にしてないぜ?」

顔を上げ、十代さんを見ればにっこりと笑みを浮かべていた。

「新しい一面を見れてむしろ得したって言うか、遊星可愛かったぜ」
「いえ、可愛いのは十代さんの方です」

十代さんは一瞬きょとんとしてすぐに顔を赤くした。
やはり十代さんの方が可愛い。ひとり納得していると十代さんは気を取り直すように咳払いし、とにかくだと続けた。

「俺は気にしてないから、遊星も気にすんなよ?」
「…はい」

十代さんの言葉にやっと笑みを浮かべると、十代さんは嬉しそうに笑った。
気が楽になり、今更ながら外の景色が綺麗なことに気付く。
もうすぐ頂上で今まで見ていなかったのが少し悔やまれる。

「隙ありだ」
「え、」

景色に気をとられて気が付かなかった。
十代さんがすぐ傍にいて、柔らかな感触が唇に触れる。
ちゅ、という音ともに離れていく十代さんは満面の笑みを浮かべていた。

「っ、十代さん」

自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる。
十代さんは嬉しそうに笑って、ゴンドラが頂上についた時に一言。

「好きだぜ、遊星」

こんなに嬉しいことがあるだろうか。
自分も同じ気持ちだと伝える為に十代さんにひとつキスを落とし、好きですと囁いた。



END



おあげ様に捧げます!15000hit突破おめでとうございます!
遊園地デートで遊十、素敵なシチュですよね(*´∀`*)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです!

title:Aコース
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