※原作は5巻くらいで読むの止まっています。原作設定と違うことが起こっている、そんな時はスルースキル! ※知っているのは、彼らが幼なじみだということ、神田がつんでれだということ、リナリーが可愛いということ、以上。 ※全てが許せる心の広い方のみどうぞ! 彼女が憶えているかはわからないが、もうそれは十年近く前のこと。後にわかったことだが、アクマが教団を襲ったことがあった。 急に雑踏し始めたかと思うと、悲鳴や破壊音が飛び交う。 幼い二人は安全確保のために暗室に押し込まれた。 事情など語られる暇もない。 わけもわからず閉じこめられた状態で。 そんな中で、泣き顔ばかりが張り付いてとれないリナリーは意外にも、涙を流しこそすれ、決して俯くことはなかった。 石造りの、まるで牢屋のような壁に耳を貼り付け、外の音を浅い息をしながらじっと聞いている。 肩を震わせながら、顎を鳴らせながら、それでもこれから自分が生きていくであろう世界を知るべきだと思ったのだろうか。 リナリーのその姿は、勇ましくもあり滑稽でもあった。 まだ戦闘を知らない自分たちには深すぎる世界。 恐怖に身を焦がしながらも、その世界の一片をどうあっても知らなければならないと思ったのは最早本能だったのだろう。 膝を抱えて泣きじゃくることしかできない娘であればその口を塞いでやろうと思っていたものの、リナリーの脆い強さがどうも苦しくて。 ただ彼女があまりに震えているものだから、壁に寄せられたその細い右手を握ってやったのは憶えている。 神田、と彼女は少しだけ笑うと強く手を握り返した。 「私たちだけは何があってもずっと一緒だからね」 幼いリナリーにとって、それは自分を慰めるための呪文だったのかもしれない。 周りの騒がしさの中で、一際大きく聞こえた呪文。 ずっと一緒。 根拠もなければ確証もない。 そう言った三秒後にはこの部屋もろとも吹き飛ばされているかもしれない。 それほどまでに、何処にでもありふれている言葉だったのに。 不思議なほど自然と神田の中に吸収されいった。 教団が静けさを取り戻したのはそれから一時間ほどしてからのこと。 握りしめた手は滑り落ちてしまうほどに汗ばんでいた。 ―――……。 それから何年が経っただろうか。 初めてアクマと対峙した時、神田は柄にもなく恐怖で震えた。 生と死が隣接しているのだと思うと怖くて堪らなかった。 任務を終えて教団に戻るまでの記憶はない。 ただ、真っ先にリナリーが駆けつけてきた。 怪我はないか、無事でよかった。 耳鳴りのやまない耳殻がそう捉える。 彼の無事に笑顔を漏らすリナリーを直視することなど神田にはできなかった。 ああ、いつか彼女もこんな思いをするのだろうか。 そんなことを考えると、また恐怖に襲われる。 「私たちだけは何があってもずっと一緒だからね」 数年前の声が蘇る。 泣きながら、笑いながら、震えながら、何度もそう繰り返した彼女に神田は頷くことは出来なかった。 頷いてしまえばどうだろう。 もし自分が死ぬ時が来たとすれば、こいつも一緒に死んでしまうのだろうか。 咄嗟にそう考えてしまったからだ。 ***** 週末になれば彼女がこの部屋のベッドで寝そべりながら書物を読む姿は見なれてしまった。 「おい」 「あら、神田おかえりなさい」 ドアを開けた音にすら気付かぬほど。 熱中していた本からは目を離さず、覇気のない口が出迎えてくれた。 もちろんリナリーの部屋にだってベッドはある。 ただそれを言うと彼女は頬を膨らませて、ここが一番日当たりが良くて好きなのと返事する。 ちょうど南の窓から日差しが差し込む今のような時間帯、埃がきらきらと光っても見え、真っ白なベッドに埋もれる彼女は幻想的といえば幻想的だった。 だらしない姿で本を読んでいるだけで絵になれるのだから、彼女はとても魅力的な女性なのだろうが、小さな頃から共に育つと近すぎて見えないことが多々ある。 神田は白いベッドの隙間にどかっと腰を下ろした。 その衝撃で彼女の体がふわっと揺れる。 そうして、ベッドの真ん中に陣取っているリナリーを神田は片手だけでいとも簡単に壁際に寄せた。 「わ!何」 当然本に集中していた彼女にしてみれば、突然の出来事で飛び起きるように半身を起して神田を見る。 「昨日から寝てないんだよ」 半分空いたベッドに身体をねじ込んで、何食わぬ顔で彼は言い放つ。 そう言えば明け方に帰ってきた彼は、報告書を提出して休もうとした矢先、コムイに呼ばれて今の時間まで雑務を頼まれていたらしい。 その証拠に神田の目の下にはくまが出来ていた。 思わずリナリーは噴き出してしまう。 「何だよ」 「ごめんごめん、そうだよね、寝てなかったね」 もちろん不機嫌に眉を寄せた彼に本当のことなど言ってしまうと、どやされそうだったので、リナリーは本にしおりを挿むと身体を起こした。 ううんと伸びをする。 「じゃあおやすみ。ゆっくり休んでね」 しかし。 予想だにしていなかった強い力がリナリーの右腕を思い切り引っ張った。 言うまでもなく無抵抗に、リナリーは背中からベッドに沈んだ。 咄嗟に横を見やると何食わぬ顔で神田目を閉じていた。 「別に邪魔になんねぇよ」 掴まれた腕はそのまま布団の中にしまわれる。 ときどき顔色一つ変えずこんな台詞を吐くものだから彼の真意がわからない。 「そう。じゃあ大人しく本でも読んでるわね」 だから極力平然を装って笑って見せた。 しかし、一向に右手は自由にならない。 ちらりと彼を盗み見ても、瞼を降ろしたまま。 「あの、神田」 無反応だ。 もう寝てしまったのだろうか。 「腕離してくれないと本読めないんだけど」 「ああ」 「ああ、って。まったく」 緩まる気配のない神田の左手にリナリーは観念してため息をつく。 仕方なく本は己の腹の上に置き、彼に習って目を閉じた。 すぐ隣から伝わる体温は、やがて小さな寝息を立て始めた。 本当に静かな週末。 皆が外へ出ているのか、教団内もひっそりとしている。 リナリーは隣で眠る神田を盗み見た。 長い睫毛は揺れることなく、瞳を閉ざす。 鼻筋の通った綺麗な顔だ、女のリナリーからみてもそう思う。 一緒にお昼寝など何年ぶりだろう。 懐かしいな。 掴まれた腕につい意識が向いた。 神田が起きないように、そっとリナリーは彼の手を解くと代わりに指と指を絡ませて優しく握りしめた。 彼は憶えているだろうか。 こうして初めて手を握った日。 当たり前だけれど、あのときよりもずっと神田の手は大きく逞しくなった。 骨ばっていて、立派に大人の男の手だ。 私はこの手に誓ったのだ。 何があってもずっと一緒だと。 あの時、反射的に嫌った。 彼が、誰かを守るためにいとも簡単に自分を犠牲にする近未来を。 繋ぎとめる為に、口からでた言葉がそれだった。 たとえ稚拙であっても、みっともなくとも彼が頷いてくれればそれでよかったのだ。 彼からの返事は、まだ聞けていない。 「…離れないでよね」 囁くように呟いた。 こんなにも体温が近いのに、間違いなく手を握っているのに、この人はいつだって私を不安にさせる。 寝顔がこんなに無防備だからだろうか。 掌に肉刺がたくさんあることに気付いたからだろうか。 どうか離れないで。 決して伝わることはないのだろうけれど。 END. |