保健室は体調が悪くなったら行くところですよ。
なんて、小学一年生の入学したての頃、担任の先生が教えてくれた。
その教えは、きっと万人共通であると信じていた。今までは。

テスト勉強の寝不足が祟ってか、朝から偏頭痛は治まらなかった。
三時間目、とうとう耐えられなくなって、真哉は体調が悪くなったら行くところであるはずなのに行きなれた保健室を訪れた。
保健室が馴染むなんてどうかしてるが、今日は遊びに来たわけではない。病人らしく、潮らしく、失礼しますと戸を引くと、そこにいつもの先生の姿はなかった。
どこかに行ったのだろうか。
兎にも角にも横になりたくて、勝手にベッドを借りることにしたが、先着順でベットが埋まっていることを知る。
仕方無い、馴染みの長椅子にでも身を任せようかとした時、奥のベッドを囲むカーテンが勢いよく開けられて中から顔を出した人物に真哉は少しばかり驚いた。
寝起きのような顔をして癖のついた髪を撫でつけながら、どうかしたのかと彼は尋ねた。

「ちょっと頭痛くて。先生は?」
「怪我人連れて病院行った」

欠伸をかみ殺して麓介は伸びをした。
意外だったことは、その男がベッドから降り、上靴を突っかけて立ち上がったことだ。
真哉は思わず時計を見た。
授業が終わる頃だろうかと思ったがまだ休み時間まであと三十分もある。

「何やってんだよ、頭痛いんだろ」

呆けたように突っ立ったままでいる真哉に麓介が眉をしかめる。

「ベッド、譲ってくれるの」
「ああ?頭痛いっつったのお前だろう」

言いながら麓介は真哉が休む予定だった長椅子にごろんと身を投げた。
この怠惰な彼が譲ってくれたベッドには沢山の皺が蓄えられていた。
真哉は麓介の好意に甘えて其処の上にうずくまる。
麓介の体温を含んだ妙な暖かさ。
普段なら絶対に共有することがないだろう熱は緩やかに真哉を心地よい眠りに導いた。
やがて気持ちよさそうな寝息が聞こえ始めて、麓介はちらりと窓際のベッドを見やる。カーテンは開けっ放したままで、小さく身を丸めた彼女の足元には掛け布団が折り畳まれていた。

(窓際って結構寒いんだよな)

毎日寝ているからわかる。
今の季節、外気の冷たさは並みじゃない。
あのままでは彼女は余計に風邪を拗らすかもしれないな。
そう思った直後、麓介はふと考える。
自分はそんなに気の利く男であったかと自問して、柄じゃないと首を振ってみたものの、やはり真哉を盗み見ると、どうも寒そうでならない。
観念して麓介は長椅子から身を起こした。
無防備に眠りこけている真哉の肩まで、乱暴に布団をかけてやった。

ふわぁ、と麓介が欠伸をして時計を見る。
休憩までまだ時間があるのか。
眠るのにも飽きて麓介は薬品箱を引っ張り出してきた。
自分とは無縁な薬の中をかき分けて、ごそごそと漁った。
そこから頭痛薬を見つけ出し、薬使用者名簿に麓介はペンを走らせる。


――「2年B組 鏑木しんや」



最高級の優しさを

(あの、書いてもらってなんだけど、私の名前マヤって読むのよ)
(わかればいいんだよ、わかれば)


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