花が、嗤う。 ただ一重の絶望をその奥歯に噛み締めて。 閃光 まるで病のように細い指が、窓際に置かれた花瓶にちょっと触れた。 その指は、花の亡骸が入った水色の花瓶をおひさまがさんさんと降り注ぐ窓際から容赦なく取り除いた。 そして今度は、それはそれは生き生きとした大きな花をこしらえた椿の鉢植えを花瓶のかわりに窓際に飾る。 少女の一連の動作をベッドの上から眺めていた総悟はとうとう口を開いた。 「それまた何の嫌がらせでィ」 「よくもそんな人聞きの悪いことがいえるネ。見舞いに花持ってきてやったんだろうが」 お団子頭の影がこちらを振り返ることなくそう言った。 「おめーその花何か知ってんのか」 「椿。花が根本から落ちることから首が落ちるのを連想させるため本来はお見舞いには適さない花アル。また鉢植えであることから、病床に根が張るという意味もあるヨ」 まるで辞書を読んだかのようにすらすらと、憎たらしいまでに即答する神楽に、総悟はもうどうでもよくなった。 「へいへい、お気づかいどうもありがとうございやす」 総悟はしびれの取れない腕で器用に布団を持ち上げて、白いシーツの中に埋もれた。 その腕にはまだ包帯が幾重にも巻かれた状態だ。 神楽は彼の腕に深く深く突き刺さった刃の残酷さをまだ脳裏から消すことができない。 鮮明で真っ赤な血が、神楽の頬を温めたことだって、まだ。 「お前の腕、もう元に戻らないって医者がいってたネ」 呆けたように神楽がおもむろに口を開いた。 冷たい刃は彼の神経を深く傷つけた。 私生活に支障がでるほど後遺症としては残らないが、もう二度と彼が剣を握ることはできないと、先刻医者から告げられた。 総悟が剣を握れなくなること。 それがそんなに深いことだなんて、神楽は思わない。 これからともに人生を歩くことを誓った身同士。 ある日突然総悟がこの世からいなくなる危険性も彼の腕から血飛沫があがる恐怖も、もう無くなると思えば、それがどれだけの安全性を示唆しているといえるのだろう。 不安さをそのまま表現したような神楽の眼を覗き込んで、総悟は、なんだそんなことか、とふっと笑う。 「俺は今までちょっと暴れ過ぎちまったみてぇでな、これからてめぇと平和呆けして暮らすのも悪かねぇよ」 ほら、そうやって、嗤う。 辛いことを、誰にも言わないで、ひたすら隠して、耐える、嗤う。 神楽は、太陽に向かって咲く鉢植えの椿を指先でちょんちょんと揺らしてみた。 あっけなく、鍔からごろっと、椿は落つる。 それを掌に乗せ、すっと総悟に差し出した。 「わが運命は君の掌中にあり」 どうかどうか隠さないで。 辛いことも、悲しいことも。 偽りの笑顔なんかじゃ悲しすぎる。 お前になんかに、似合ってほしくない。 神楽の白い掌に、真っ赤な椿は染め込まれたように映える。 しびれる右手で総悟はその花を掴んだ。 花は、嗤う。 「らしくねぇことしてんじゃねぇや」 言うや否や、力の入らない腕に目一杯の力をこめて、神楽を己の胸に抱き寄せた。 椿の花びらが、舞い落つる。 真白な雪のようなシーツの上に、誰かの願いを染めつけて。 END. |