地球を出るのだと少女の口が動いた時。 長い夢に自ら終止符を打った。 もしかしたらもう二度と逢えぬかもしれない。 俯き加減に言った少女の言葉を総悟はやけに素直に受け入れられた。 これが彼女にとっても自分にとっても、最高の選択肢なのだと思い込んだ。 一度は彼女と歩く未来を描いたが、それはありえないこと。 いや、あってはならぬこと。 この身はいつ朽ちるとも知れない。 殺戮に身を委ね、血塗られた忌まわしき連鎖を止めるべきはずのこの刀が血を生み出す矛盾の中で少女を失わないという保障は何処にもなかった。 いつになく真剣な蒼い瞳はじっと総悟を見つめる。 でも、と。 そう少女は言葉を紡いだ。 「いつか私が此処に戻ってこれたら」 少女の台詞の続きは簡単に想像出来た。 お願いだから。 皆まで言ってくれるな。 そんな哀れな仮定を並べたところでどうすることも出来ないというのに。 「その時は私をお前の、」 唐突に総悟の唇が彼女の口を塞いだ。 中途半端な言葉行き場所をなくしてただ彼の熱に翻弄される。 「寝呆けたこと言ってんじゃねぇよ」 堪えきれない思いを押し込めて総悟が小さく呟いた。 「例え何年過ぎようと、俺がてめぇを娶ることだけはありえねぇ」 だからもう二度とこの地に戻ってくるな。 還るべき場所で一生自分以外の誰かと幸せに暮らしたらいい。 総悟がすっと立ち尽くす少女の隣を擦り抜けた。 その小さな身体の割に太陽を遮る大きな傘が不釣り合だった。 負けん気だけは人一倍の癖に、涙を堪える唇が不釣り合いだった。 あの少女の名はなんと言ったっけ。 何度忘れたふりをしてみても、その度に思い出すのは情けなくも恋慕の情。 突き放したのは己だと言うのに。 邂逅の果て 容赦ない太陽の日差しは人々に灼熱をもたらした。 この空の下。 あの娘は大丈夫だろうか。 うちわを片手に畳の上に寝転がってぼんやりと総悟はそんなことを考えていた。 あれから何年経つのだろうか。 時間ばかりが疾風のように駆けて行くだけで自分は何一つ変わっちゃいない。 相変わらず死と隣り合わせの生活、昇進しない地位、さぼってばかりの仕事。 いや、変わったことと言えば一つある。 異常な暑さに眉を寄せ総悟が部屋の隅に積み重なって雪崩を起こしているものをみた。 ここ最近、近藤が月二回のペースで持ってくる見合い写真。 いいお家柄の美人な娘だけを選別していると近藤は言っていたが、どれも総悟は開いたことがなかった。 そんな今ではもはや見合い写真がグラビア雑誌でもあるかのように、隊士達の目の保養に使われていた。 まぁ無下に扱われて捨て置かれるよりはよっぽどましなのではないか。 まるで他人事のように総悟は思った。 「沖田隊長」 暑さにだれきった耳が自分を呼ぶ隊士の声を捉えた。 最近真撰組に入ったもので雑用と偵察役を担うべく一番隊についた男なのだがこいつがまた土方と同じくらい、いや土方異常に口煩かった。 超がつくほどクソ真面目で欝陶しいほど情熱的で。 そして何より。 時折見せる拗ねた表情が、彼の女を彷彿させるのだ。 彼を嫌いな理由など強いていうならそんなところ。 「なんでィ、先見回り行ってろって言っただろ」 だから。 また順調にさぼっていた仕事を強制しにきたのだろうと思っていた。 「いえ、あの、それが」 しかし今日は珍しく、明らかに仕事を放棄している総悟に小言の一つも垂れやしない。 それどころか、若干頬を上気させ、惚けたように口籠もる。 「あの、昨日役所から通達があったエイリアンバスターって、男ですよね」 「当たり前だろうが」 さらりと総悟が答えてのけると、彼はそうですよねと相変わらずの惚けた表情で呟いたまま俯いてしまった。 昨夜、皆が寝静まったような夜半に一本の電話があった。 入国管理局の者で最近巷を賑わしている未確認生物の不法侵入の件についてだったのたが、特派員をこちら側に送ったということだった。 ターミナル建設後、異国人の出入国が頻繁になっている江戸には対エイリアンのノウハウは皆無に等しかった。 そんな中、このままではいかないと役所に設置されたのがエイリアンバスターと名乗る者達の組織だった。 まぁもっぱら海坊主が指揮をとってやっていて、構成メンバーも全員男ときたもんだ。 その組織から誰が何人こちら側に派遣されようと、今までは文の一つも寄越さなかったというのに今更どういう了見だと近藤がぼやいていたのを総悟は思い出した。 「で」 用が済んだのなら持ち場に戻ればいいものの、行儀良く正座した膝の上に拳を置いたまま、男は動きもしなかった。 訝しげに思い総悟が倒していた体を起こし、男に向き直った。 ほだされたような腑抜けた顔を持っていた内輪の先で突く。 「おいこら、聞いてんのかィ」 頬をぐりぐりされてかようやく我に返った男が、総悟の内輪をはねのけた。 「痛いっすよ!何するんすか」 「阿呆面しやがって。恋する中学生か、お前は」 総悟はすっかり呆れ返って冷ややかな目で彼を見下した。 「違うんすよ。それがさっき表にですね、こうもう何ともいえない、あれがきっと絶世の美女って言うんすかね、見つめられただけで、全てを捧げたくなるような女がエイリアンバスターを名乗ってんですよ」 ドクンと。 胸の奥にしまいこんだ欲望が、深い脈を打った。 エイリアンバスター。 そして女。 それだけの材料で少女の存在を思い描かないわけがなかった。 「そいつ今何処でィ」 いつになく真面目な口調で、そして真剣な顔をした総悟が搾り出すように尋ねた。 「え、いや、今は何処に行ったかは…」 「総悟」 その時。 一つの声が、男の台詞を割って入った。 相変わらずの仏頂面。 廊下から姿を現したのは土方だった。 その煙草を咥えた口の端が少し上がって、首を竦める。 「表、行ってみろ」 少女のことなんて、忘れ去ったはずだった。 ずっとずっと思いを封印して、過去の忘れ物にして。 それでも自分は、前へ進めずにいた。 土方の言葉に、総悟は常に肌身離さず持っている愛刀を腰にさした。 本当なら、知らないととぼけたフリをして、無かったことにするのが彼女の為にもなるのだろう。 頭ではそんな冷静なことを考えていながら、総悟の足は庭先へ下りた。 自分の砂利を蹴る音が、何処か遠くでなっている気がした。 鼓動が響くたび、歩く足はだんだん速度を上げていく。 何故、彼女が。 一体今更、何のために、こんなところに。 浮かぶ疑問を押しやって、足が進んだ先にはあの日と同じように大きな傘を空一杯に広げていた、一人の女の姿があった。 後姿で顔は認識できない。 紅色の異国の服からすっと伸びた白い足と腕は何一つ変わっていなかった。 女の体が少し、こちらに傾いた。 総悟の足音を捉えたのだろう。 蒼い目が傘の隙間から覗かせた、その時。 「!」 力任せに、総悟は神楽の、その華奢な体を胸に引き寄せた。 息を飲む彼女の声が耳元で聞こえた。 神楽が手にしていた傘は、ぱさっと真夏の炎天下に転がった。 「二度とこの星には戻ってくんなって言ったろ」 だからほら、もう自制は利かなくなる。 傍に居ればこうして彼女を抱きしめてしまう。 それでも永遠は契る覚悟は無い癖に。 「いきなり、手荒い歓迎アルな。もう二度と戻ってくるなって言った奴がとる行動じゃないネ」 あの頃より大人びた声が、相変わらずの憎まれ口を叩いた。 細い腕が総悟の背中に伸び、きゅっと彼の熱を抱きしめた。 「私は自分の意志で此処に戻ってきたんだヨ」 ずっとずっと恋しかったこの腕の中。 けれどその腕は今紛れもなく自分を犇いている。 神楽は総悟の胸にそっと頭を寄せた。 互いに鼓動が聞こえてしまいそうで。 「俺は、」 言いながら総悟の神楽を抱きしめる腕の力は強くなった。 逞しい腕にすっぽりと神楽の細身は隠されしまう。 「俺はおめーを幸せにすることなんて、出来やしねェ」 「うん」 近すぎるほどの彼の声が嬉しくて、神楽は静かに眼を閉じた。 「そんなこと、知ってるネ」 そして総悟の背中に回していた腕を解き、今度は彼の首にきゅっと抱きついた。 金色の髪がさらりと神楽の頬を撫でる。 「私が、お前を幸せにするんだヨ」 その為に此処に帰ってきた。 貴方が永遠を誓えないのなら、私が永遠を誓ってやる。 貴方に進む勇気がないのなら、私が前に進んでやる。 「ただいま」 総悟の耳元で、小さくそう囁いた。 この星に帰ったら、真っ先に貴方に言おうと決めていたの。 遠くのほうで虫が鳴く声が聞こえる。 「いい女になったでショ」 悪戯に神楽は笑った。 なんとも嬉しそうに。 「馬鹿かお前は。変な虫が付いても俺ァ知らねぇからな」 神楽の熱を体一杯に感じながら、総悟は少し笑って眼を閉ざした。 おかえりなさいを言うのは、また今度。 END. |