※ミツバ編後



この傘がもっと、広ければよかった。
そうしたら貴方があの冷たい雨に、濡れることはなかったのでしょう。
好きだとか愛しいだとか、そんな難しいことはわからないけれど。
ただ護りたいと。
思い願うことであいつが救われるのなら、何度だって叫んでやる。



Tell me lie.




朽ちかけたこの刀で、何が護れただろう。
荒んだこの魂で、誰を愛せただろう。
全て蒼穹を夢見た少女がかけた幻術だったのだろうか。

何度もの悪夢に魘されて、総悟がぱちりと目を開けた。
たくさんの染みを散らした天井が一番初めに視界に飛び込んだ。
太陽が照らす世界は眩しすぎるくらい煌いていた。
小鳥の囀る声が晴天の午後を象徴する。
そんな中、身を起こすことすらせずじっと横たわったまま総悟は彼がぶつかった疑問を考えた。
一つはこんな真昼間まで寝ていた総悟をあの義理も人情もない連中が何故たたき起こさなかったのかということ。
普段であれば間違いなく奴からの罵声を浴びせられるはずなのに。
そして、もう一つは、

「何でてめぇが此処に居るんでィ」
「雨だからヨ」

こちらを見つめていたのは蒼色の瞳。
その主は淡々とした口調で答えた。
膝を抱えて、総悟を覗き込んでいた神楽がわざとらしく手を額の前に持ってきて、遠くを見る仕種をした。

「酷い天気アルなぁ」

台本をそのまま読んだかのような棒読み。
総悟がゆっくりと重たい身体を起こした。

「お前、口だけじゃなくてとうとう頭まで悪くなったのかィ」

ため息混じりにそう返ってくるいつもの嫌味。
雨なんて一粒たりとも降っていない。
寧ろ快晴なくらいだ。
心地のよい日差しがさんさんと差し込んでくる。
下手な嘘ならつかないほうがましだ。
一体何の真似だというのか。

「何ヨ。人が気遣ってやったのに、その言い方はないネ」

神楽が眉を寄せ頬を膨らませた。
ああ、なるほど。
総悟が悟った。

「旦那にでも聞いたってわけかィ」

そういって総悟は微かに笑った。
上辺だけを繕った笑顔。
あまり見たことの無いもので、あまり見たくないものだった。

「別に銀ちゃんがぺらぺら喋ったわけじゃないからネ」

非難でもするかのように銀時の名前を出したことが気に食わなかったのか、庇うように神楽が口を尖らせる。
そしてなにやらごそごそとポケットを探り始めた。
何事かと訝しげな眼で総悟は彼女の動作を眺めていた。
小さな手が何かを引っ張りだしてきた。
見慣れた酢昆布が三箱。
それを無理やり総悟の手に握らせる。

「疲れたときに酢はいいってテレビで言ってたアル」

ほうけた総悟に似合わぬ笑顔で神楽は笑う。
自分には滅多に見せないその顔が、まるでお前は哀れな人間だと戒められているようで。

「何でィ、何の用かと思ってみれば、てめぇは同情しに来ただけかィ」

呆れた総悟の口が忌々しげにそう動くいた。
そんなこと言うはずじゃなかったのに。
思考より先に言葉が口をついて出る。
何もかもが壊れてしまえばいい。
亡姉を追懐する気持ち何て誰にもわかるわけがないのだ。
後悔だらけのどん底の中で感じた自分の不甲斐なさ。
穢れを知らないような顔をした少女に、見せたいものじゃなかった。
普段なら逢って数秒、誰かの仲裁がないと口喧嘩が絶えないというのに今日だけは違った。
蔑まれたら必ず憤慨する神楽は其処には居なかった。
まだ夜着のまま蒲団の上に座っていた総悟の隣にきて、ちょこんと彼女も腰を降ろす。
神楽は何も言わない。
さっきの言葉が聞こえなかったのか、そんなはずはない。
黙ったまま、彼女は此処にいる。
神楽が齎す沈黙が何故か優しかった。
無理をして話す必要もなく、相手が何をいうのかとびくびくするわけでもない。
たった一人の家族を失った総悟に対して真撰組の奴らはいつもと変わらないように接そうとしてくれた。
その気持ちはありがたいはずだったのに。
見ようとしなくても見えてしまう気遣わせてしまっているという後ろめたさ。
今日だって誰一彼を起こしにこなかったのは、少なからずそんな気遣いがあったからだろう。
それが更に総悟を独りにしていたことになんて気付きもせず。

随分長い間の沈黙。
外の景色をぼんやりと眺めたまま総悟も神楽も動こうとしなかった。

「私のマミーね、」

唐突に神楽が小さな声で話し始める。
その横顔をちらりと総悟は盗み見た。
一つ大きく神楽は息を吸い込んだ。

「私が小さいときに病気で死んじゃったんだけど、マミー死ぬとき、傍には誰もいなかったネ」

一度にそういい切る。
肺の空気を全て外に出した。
何処かで区切ったり、止まったりしてしまえば泣いてしまいそうな気がしたからだ。
そうならないためにも歯を食いしばる。

「お前の姉ちゃん、きっと幸せだったヨ」

こんなこと赤の他人にとやかく言われることもない。
見たことは愚か、名前すらも知らないのに。

「お前や皆がいっぱい傍に居くれたアル。お前の姉ちゃんは独りじゃなかったアル」

遺し、遺されるほうも独りじゃない。
お前は独りじゃないだろうと。
本当に告げたかったのは、その言葉だったのに。
急に視界が暗くなった。
冷たい総悟の手が後ろから伸びて眼を覆ったからだ。
神楽の小さな頭をそのままぐいっと総悟は己の胸に傾けた。

「泣きそうな顔でそんなこと言うんじゃねぇや」

続きの言葉を神楽には言わせまいと、彼女の目を右手で覆ったまま引き寄せた頭をきつく抱きしめる。
神楽の顔が総悟の胸に埋もれる形になった。
口を押し付けられて何も喋れない。
喋ろう思った唇もそのまま固まった。
彼の手が微かに震えていたのに気付いてしまったから。

「離せヨ」

かわりにそんな憎まれ口を叩いてみた。
離されたらまずいことを一番神楽が知っていた癖に。

「鼻水はつけるなよ」

掌が濡れていく。
普段強がってばかりのわりにあまりに脆い。
声をあげることなくじっと己の腕に抱かれて神楽は動かない。
小さな啜り泣きだけが良く聞こえていた。
慰めるようにぽんぽんと彼女の背を叩きながら、総悟は外を見遣った。
そっと静かに眼を閉じる。
風が運んできた言霊を大人しく受け取ることにした。

「わかってるよ、独りじゃねぇな、あんたも俺も」

神楽が一つこくんと頷く。
そんな簡単なことを、こんなガキに教わるとは。
深い傷がまだ癒えていないにも関わらず、ただこいつは無力な己を護ろうとしてくれた。
言葉には出さない小さな気遣いは今まで彼が感じたことのない柔らかなものだった。


END.

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